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魔法少女フルメタなのは クロス元:フルメタル・パニック! 最終更新 08/02/01 第一話「世界からのシグナルロスト」 第二話「流れ着いた兵士達」 第三話「新たな生活」 第四話「wake from death」 第五話「邂逅、そして激突」 番外編その一「馬鹿騒ぎのレディーズ’バス」 番外編その二「回避不能なホームメイドディッシュ」 エリオと金色の獣 クロス元:うしおととら 最終更新:08/03/02 其の一「エリオととら、出会う」 其の二「とらと魔法と次元世界」 魔法忍者リリカル鴉 クロス元:忍道 戒 最終更新:08/05/02 第一話「鴉、来たる」 第二話「八神家」 第三話「ヴォルケンリッター」 第四話 前編 第四話 後編 第五話「嵐の前」 番外編「弁当とフラグ立て」 拍手感想レス :とらの身長は4メートルです! TOPページへ このページの先頭へ
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メビウス×なのは氏の手がけた作品 No. タイトル 005 反逆の探偵 TOPページへ バトロワまとめへ このページの先頭へ
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「ん……………」 身体が、動かない―――― 朦朧とする意識を取り戻し、肉体に思考の戻った彼女が初めて思った事がそれだった。 気だるげながら覚醒している意識と相反するように、体のパーツのどれをとっても彼女の思いのままになる箇所が無い。 まるで鎖に縛られているような、金縛りにあってしまったかのような感覚が彼女―――高町なのはを襲う。 (………………) かつてない激戦に苛まれた身体の疲労は凄まじく 自身の肉体が耐えられるダメージ量の限界を三段は超えていた。 起きてすぐ動けるはずがない。 「気がつきましたか……ナノハ」 後遺症が残る可能性―――最悪の事態が頭を過ぎる高町なのはに今、声をかける者がいた。 彼女は今、硬いベッドに寝かされ床に伏せている。 そこまで自分の意思で辿り着いた記憶はない。 そうだ―――そんな事も思考に入れられないほどに彼女は疲労していたのだ。 こちらを心配そうに見下ろす、恐らく自分をここまで運び、介抱してくれた金髪の少女。 「セイバーさん……」 そんな少女が名前を呼ばれ、ほっと一息ついていた。 「手当てしてくれたんだ…」 次いで自分に施された簡素ながらの治療、巻かれた包帯などに気づく。 「ありがとう……面倒かけちゃったね」 「礼には及びません。大した事はしていない。 鞘の回復が良いタイミングで行われたため、元より外傷はありませんでしたから」 アヴァロンの回復は凄まじいものだった。 体組織のほとんどが引き裂かれた再起不能レベルの傷をも蘇生させ 神経に痛みは残るも、骨や筋肉に後遺症が残る事はどうやら無いようだ。 「………ここはどこ?」 現在の状況を確認するなのは。 まだ記憶が混濁している―――― セイバーの語ったところによると、あの後、共に支えあいながら上空を飛び続けた両者であったが 疲労困憊で限界をとっくに超えていたなのはは、戦闘が確実に終了した事を認識した途端 力尽き、その意識を落としたのだという。 なのはという司令塔を失ったセイバーであったが、組み込まれていたレイジングハートのリカバリープログラムのおかげもあり ちぐはぐながらも何とか飛び続け、ここに着陸したというわけだ。 「的確な指示でした。彼女の助力がなければ二人して地面に落下していた事でしょう」 shanks 主人想いの杖に賞賛の言葉を送るセイバーである。 ここは―――山岳地帯。 ただでさえ人気の途絶えたこの世界にて更に人の寄り付きそうの無い秘境じみた景観。 相応の距離を飛んだセイバーはそこに、山師の使うような古びた小屋を見つけ なのはを寝かせるために降り立ち、今に至るというものだ。 こんな人里離れた場所に身体を休める小屋があった事も中に治療道具があった事も出来すぎなくらいの僥倖である。 素直にそれに甘え、ようやっと一息つけたセイバーとなのはであった。 「セイバーさん」 だが、そんな柔らかい空気を否定するかのように―――魔導士は固い声でセイバーに問う。 「どうしましたか? ナノハ」 「…………」 一呼吸、じっくりと一呼吸置いてから―――― 「勝ったの? 私達」 ―――――その問いを口に出していた。 ―――――― 「…………」 「…………」 部屋を沈黙が支配する。 「……………その問いには答えたはずです、ナノハ。 私達の勝ちだと」 「そう、じゃあ質問の仕方が悪かったのかも知れないね。」 やがてゆっくりと口を開いたセイバーに対し、 なのはは黒真珠のような光を放つ目を眼前の騎士に真っ直ぐに向ける。 「私達……………本当にあの人を倒したの?」 「―――――何故そのような事を?」 「うん。一応、確認」 「心配をする必要はありません。 体に障ります。」 その某かの核心を突くような問いかけに―――言葉を濁す騎士。 「あれほどの墜落に巻き込まれたのです。 普通に考えれば無事に済む確率の方が遥かに―――」 「セイバーさん」 歯切れの悪いセイバーを前にして、高町なのはは断固引く気は無い。 彼女の双眸が正面からセイバーを射抜く。 その真っ直ぐな瞳はあらゆる虚偽やはぐらかしを見抜く鷹の目のよう。 (……………) ――――フゥ、と……… 防戦に徹しようとしたセイバーが、その無駄を悟り溜息を一つ。 そして程なく白旗を揚げる。 「アレで大人しくなってくれるような輩なら私も苦労はしていません。」 「……………だよね」 騎士の言葉の意図する所は明らかだ。 十分な答えを得て、なのはは再びベッドに体を横たえた。 最後のあの空で確認をした時からセイバーには分かっていたのだ。 サーヴァントであるが故に――― あの爆炎の中、男の強大な気配が微塵も消えていない事に。 その事実―――倒してなどいない…… まだ何も終わっていないのだという事を。 「しかし何故分かったのです? 最後の一撃は快心の手応えだった。 あの一刀―――相手を打破した事に疑いの余地は無いはず……」 「全然快心じゃないよ。あんなの逃げながら手を振り回してただけ」 試すようなセイバーの問いかけに真っ直ぐに自分の意見を示す戦技教導官である。 「あんなに強い人を倒そうっていうのに気持ちの乗らない攻撃を何発振るったって届くわけが無い。 初めから、撤退しながらの攻撃が通用する相手じゃないのは分かってた。 あの局面じゃ良くて相手を押し返すのが精一杯……そう思っただけだよ」 「………」 「セイバーさんは……」 「え?」 騎士の顔を見ず、天井に視線を彷徨わせながら なのはは躊躇いがちに少女に声をかける。 「もう一度、あの人と戦うの?」 「―――はい」 ――――――即答だった。 「この身は再び、あの男と雌雄を決する事になるでしょう。 それは決して覆せぬ運命のようなものですから。」 瞳に強い意思を込めて、騎士は臆する事無く答える。 あの恐ろしい敵と再び相見える事を――― 天井を見据えていた高町なのはの瞳が揺れる。 「…………死んじゃうよ。あんな人を相手に……ん、」 躊躇いがちに紡がれたその言葉。 止められるものなら止めたい……それは魔導士の偽らざる本心だったが そんな彼女の言葉を遮るように、なのはの口に人差し指が当てられた。 「それ以上言うと、また喧嘩をしなければなりません。」 苦笑混じりにピシャリと、はっきりとその言葉を切り捨てた騎士。 あの男との闘いは聖杯戦争を勝ち抜く上で、決して避ける事の出来ない戦いだ。 なのはとて分かってる。 両者の間に紡がれた並々ならぬ宿業。その感情。 自分の言葉などでは―――到底、止められる域には無い事に。 (…………) しかして、このやるせない気持ちはどうしようもない…… 少女を見ないように寝返りをうち、口を閉ざしてしまう魔導士である。 再び、山小屋を支配する沈黙―――― その中において………… 騎士はいずれ来るであろう、その宿命の戦いに想いを馳せる。 あの強大な王と向かい合う自分の姿を幻視しながら―――――― ―――――― 地平に消えていくその姿――――― 籠の中に囲った鳥が檻を食い破り、空に飛び立っていった…… その様を――――――男は無言で見つめていた。 燃え盛る炎の中、悠々と歩を進め、荒野の只中に立つ黄金の肢体。 「―――ススで汚れた」 その一言。現状の不快感に対する率直な感想を述べていた。 遥か彼方を飛び退るセイバーと魔導士。 あの距離では新たな宝具を展開したとて、もはや影すら掴めまい。 「セイバー」 使用した全ての宝具が男の宝物庫に還っていく 大破したヴィマーナの残骸。 撃ち尽くす寸前だった英雄王の無尽蔵の宝具たち。 これだけの戦力を投入した事などいつ以来であろうか? しかもそこまでして成果が全く芳しくなかったというのだから男の苛立ちは想像に難くない。 「もし次に相対せし時、その輝きが色褪せたままであったなら――― それはお前を見初めた我の見込み違いであったという事。」 遠ざかっていく背中。 金色の髪の少女に向けて真紅の瞳に暗い陰を落としながら――― 「その時は我自らの手で唾棄してくれよう。」 ――――男は言い放つ。 自身が見初め、認めたモノが醜悪なイロに染まる事など在ってはならない。 そのような事―――この万物を支配する原初の王が許せるわけが無い。 「―――――」 次―――――そうだ。 次といえば……… ――― 次は勝とう ――― あの端女――――高町なのはの言葉が耳について離れない。 結局、最後の最後までセイバーとの逢瀬を邪魔してきたあの女。 市井の身でありながら、あの剣の英霊を御し従えるかのような様相も気に食わないし 男の誅殺から逃れ、無礼な発言の数々を償わせられなかったのも口惜しい。 だが、そうだ……認めねばなるまい。 もし、この邂逅が騎士王との一騎打ちであったならば 自分は間違いなくセイバーを陥落せしめていた筈だ。 ならばそれが叶わなかった原因は……もはや語るまでも無いだろう。 あの女の存在が――――覆した…… 決まっていた事象を―――塗り替えたのだ…… ―――――― 「―――言葉には言霊が宿る」 その場凌ぎの言葉だったにせよ「次」と口に出してしまったのならば それが何らかの力を持つ事もあるだろう。 またいつか、あの女は自分の前に現れるかも知れない。 何故かそんな気がする。 ならばその時こそ――― 「最低でも三日は生かさず殺さず―――苦痛と悲鳴を極限まで搾り出し……」 認めてやろう。 自分が手ずから引き裂く価値のある存在と認めた上で 阿鼻叫喚の苦痛と絶望を絡めて―――― 「その後、生きたまま心身ともに刻んで地獄の狗にたらふく食わせてやろう」 処断してくれよう。 どうして生まれてきてしまったのか――― そう後悔するほどの裁可をその身に下しながらに。 男の瞳に残忍な光が灯る。 あの女はこの英雄王を怒らせてしまった。 もはや安らかで幸福に満ちた最期を迎える事はないであろう。 ―――――― 正直、今回の醜態は流石のギルガメッシュにも落胆はあった。 だがその憤りを言葉にして吐露するのも詮無い事だ。 そろそろ常の王の顔を取り戻さねばならない。 いつまでも情念に囚われ、安い感情を暴露したままではいけない。 何せ――――見ているモノがいるのだから……… この身をこそこそと下卑た視線で覗き見ている輩がいる。 初めから気づいていた。 この歪な世界。この作られた矮小な箱庭。 そんなモノを支配して愉悦に浸っている愚かな痩せ犬の存在に。 「―――――ハ、」 英雄王が空を見やる。 その何も無い虚空に目を向ける。 日が昇り始め、燦々とした空気が男の肌を撫でる中―――やおらその宝物庫から一振りの剣。 乖離剣エアを取り出して何もない空へと向けた。 「―――――我がそこに辿り着くまでだ。 それまで精精愉しむが良い。」 そして一言………男は彼らに対して確かなる言葉を放つ。 全てを掴む男であるが故に神にすら宣戦布告するのが男の在り方。 世界を切り裂く剣を虚空の誰かに向けながら――― イレギュラー、英雄王ギルガメッシュは今、セカイに宣戦布告をし―――― そのまま何処かへと去っていった。 金色の残光を、王の威光を存分に場に遺して……… ―――――― 「……どうするの? これから」 「…………」 なのはが騎士に背中を向けたまま、その問いを口にした。 一息ついたその後はどうするのか? なのはの問いに沈黙を以って答えるセイバー。 どうするか、などと――――答えは決まっていた。 セイバーには為さねばならぬ事がある。 当然なのはにも。 互いに未知なる世界に放り込まれた身だ。 一刻も早く己がマスター、仲間と合流して今後の対策を練らなければならない。 本来ならばここで悠長にしていられる時間すら惜しいのだ。 そして互いに進む道が違う以上……自ずと結論は出るのだ。 「当ては無いんでしょう? 行き先や方針が定まらない以上、一緒に行動した方が絶対にいいと思う。」 だが後ろ目で控えがちに少女の顔を見ながら、魔導士は少女に共に行く事を進言する。 「安全面や行動範囲の面から言っても…… ここで別れるよりはもう少し様子を見た方が絶対に、」 「ナノハ」 それは正論にかこつけた心情的な吐露だった。 心配だった……この騎士が。 揺るがぬ意思と強さを持っている筈の騎士王。 その背中が何故か酷く危うく儚い―――そう、なのはには感じられたのだ。 「―――事を為した暁には貴方に紹介したい人物がいます」 そんな秘めた感情を胸に、騎士との同行を求める高町なのはに対し セイバーは――――唐突にその話を切り出した。 「私に?」 「ええ。彼は私のマスターというべき存在。 自分の正しいと思う事を貫き通す強い心を持った好もしい人物です。 きっと貴方とも良い友達になれる事でしょう。」 「えっと……ん、…別にそれは良いけど。」 突然の申し出にキョトンとするなのは。 それを見て、フフ…とイタズラ気に笑うセイバー。 こうしていると二人とも年頃の女の子にしか見えないのが微笑ましい。 「あ――――」 しかしながら―――そのセイバーの微笑が今、突如崩れ、奇妙な表情になる。 自分で切り出しておきながら間の抜けた声を上げる剣の英霊。 「??」 首をかしげるなのは。 迂闊……………… この少女にして我ながら重要極まりない事を失念していた。 騎士の挙動不審な顔を無言で覗き込む高町なのはである。 「いや、その……………こちらから切り出しておいて何ですが 果たして貴方と彼を合わせても良いものか……」 「? どうして?」 「想像を絶するほどの―――――――無茶をやらかすので……彼は。」 ……… こちらと目を合わそうとせずに、しどろもどろになりながら答える少女。 なのはの目が丸くなる。 ビルの屋上で言い合いになった時の事を思い出したのだろう。 この魔導士が命を粗末に扱う無謀な行為を決して許さないという性格ならば 自分の命を採算に入れずに行動する人間を見て、果たしてどういう反応をするか――想像に難くない。 「………うーん」 上目使いにこちらの様子を見てくる少女に対し、やや苦笑いのなのはである。 「セイバーさんが10だとするとどれくらい?」 「貴方を10として測定不能です」 「………………」 迷い無く言い放つセイバー。 控え目な彼女がここまで言うのだ。 それはもう……相当なレベルと見て間違いない。 「うん。何となく分かったよ…」 この騎士のマスターである。 失礼な事はあまりしたくないが…… そこまで無茶苦茶な事をする人物とあらば放ってはおけない。 この騎士の許しが得られるのならば――― 「じゃあ是非とも会ってお話しないとね。」 「お手柔らかに。」 ―――職業柄、少しお節介をするのも吝かじゃない。 と、悪戯っぽく笑うなのはである。 「でもいいの? セイバーさんのマスターなんでしょう? 自分で言うのもなんだけど私は厳しいよ?」 「甘く見ないで欲しい!」 「へっ!?」 そこでガバっと詰め寄ってくるセイバーに心底驚くなのはさん。 物静かな騎士がこんな顔をするなんてまるで予想だにしなかった。 「その厳しい貴方でも矯正しようが無いほどのレベルです! 言葉はおろか相応の体罰を以ってしても――実際に死にかけても改善しない筋金入りの難物なのです! ですからもし教鞭を振るうのでしたら、死なない程度にお手柔らかに!」 拳を握って捲くし立てるように次々と言葉を放ってくるセイバーに防戦一方の教導官。 「全く今回、ナノハと共に戦えて久しぶりに気兼ねの無い連携戦を堪能出来た…… いつ以来でしょうね……こんな開放感は。 パートナーの身を気にせず戦えるというのがこれ程に有意義な物であったとは…… ナノハと引き合わせた際にシロウ―――マスターには貴方の爪の垢をそのまま飲んで貰わなければ。」 (う、うわぁ……) なのはの目は終始、見開きっぱなしだ。 クソミソである。まさかこの少女がここまで人の事をコキ下ろすとは…… 眉をハの字にして腕を組み、う~…と唸りながらにそのマスターを罵倒する騎士。 その姿に唖然としっ放しの魔導士であった。 (………………………でも、何か) だが、そう―――― 聞き手役に徹しながら、知らず自身の口に笑みがこぼれてしまっている事に気づくなのは。 否、魔道士でなくとも……気づく筈だ。 顔をしかめながらぶつぶつと文句を言い続ける少女。 その声色が――――とても暖かい。 こんなに優しく温かい思いを込めて話されてしまっては誰だって気づいてしまう。 そのマスターという人が、この少女にとってどういう存在なのか。 まるでこの世で一番大切にしているものに触れている――― そんな幸せで嬉し気な気持ちが滲み出てきているようで その表情が本当に綺麗で……話を聞きながら少し見とれてしまうなのは。 本当に綺麗だったのだ――瑞々しくて、幸福に満ち溢れていて。 それは自分に似ていると思っていた騎士の、自分には無い一面。 なのはには知る由も無い。未だ自分の中に芽生えた事の無い想い――― それは一人の異性をただひたすらに愛する、という事。 狂おしいほどにその相手一人を求め、己の全てを捧げたいと思う事。 既存の理想と秤にかけてさえ、その者を想う心が勝ってしまう。 この少女をして「己が願いよりもシロウが欲しい」と――そう言わせてしまう程の、 ――― 恋焦がれるという事 ――― ―――――― 自分にはいるのだろうか――― その表情を眺めながらに高町なのはは思った。 頭に浮かべるだけでここまで幸せな気分になれる――そんな人が。 (ユーノくん? フェイトちゃん?) 子供の頃から助け合い、自分を支えてくれた とても大切で、いなくなる事なんて考えられない友達。 (はやてちゃん? ヴィータちゃんやヴォルケンリッターの皆?) いずれもかけがえの無い仲間。 この人たち無くして今の自分は無い。 (スバル? ティアナ? エリオ? キャロ?) 自分の手がけた教え子たち。 自分を慕ってついて来てくれる可愛い後輩たち。 この子達がもし戦場で還らぬ事になったら自分は―――多分、泣くだろう。 (………………………ヴィヴィオ) あの子を助けるため――――自分は一度、公務の身でありながら私情を優先した。 あり得ない事だった。 頭の中がぐちゃぐちゃになって……自分の信ずる道も責任も二の次になってしまった。 もし次、同じ事が起こってヴィヴィオを助けるために周りを犠牲にしなければいけない時 自分は決して私情を優先しない事を心に固く誓っている。 でも――どうなのか…… 本当にそういう場面に直面したとして、自分は――― (…………私、は…) 「――――痛むのですか?」 「えっ!?」 別の事に思いを馳せていた所にセイバーに声をかけられ フリーズしていた高町なのはは咄嗟に反応出来なかった。 「あ………えと、うん…… 聞けば聞くほど無茶苦茶な人だよね、その人…… 腕がなるなぁ。ふふ」 「やはり疲れているようですね。 すみません……私の方が話に夢中になってしまって。」 「ううん、セイバーさんとお話しするのは楽しいよ。」 それはお世辞ではない。 この、どことなく自分に似ている騎士とのお喋りはなのはにとって新鮮で楽しかった。 セイバーにとっても同じ。 尊敬するマスターはいる。 主従を尽くしてくれた者もいた。 だが自分と全くの対等の位置に立って、あくまで同じ目線で、時にはケンカをして時には支え合う。 彼女にとっては初めての感覚であったのだろう……その―――友達、というものが。 他愛のない話をした 自分の事や友達の事を話した 色々な事を話した なのはも今や、目の前の少女が本当に現世の人間でない事――― 何か超常の存在である事は理解している。 だがその事は―――また、今度ゆっくり聞こうと思った。 (…………) そろそろ体力の限界だ。 瞼が絶え間なく重くなる。 だからこの次――― 目を覚ました時にゆっくりと…… ―――――― 談話は長くは続かなかった。 高町なのはの肉体が再び強烈に休養を欲し、彼女に抗えぬほどの睡魔が訪れる。 「ごめん……少し、寝ていいかな?」 重くなる瞼をしばたかせる魔導士。 抵抗し難い睡魔に身を任せてしまう前に一言、セイバーに断りを入れる。 「ええ――お休みなさい。ナノハ」 「はは、流石に疲れてるみたい…… 起きたらまたお話聞かせて。」 「―――――、はい」 既に夢現に入っているかのような、小さくはっきりしない声で問答するなのはに微笑を返し 少女は彼女に毛布をかけて眠りを促す。 それに気持ち良さそうに身を委ね、目を閉じ、数刻を待たずして――― すぅ、すぅ、……と、まるで電源が切れたかのように寝息を立て始める高町なのは。 (無理も無い…) 現世の人間では願っても覗く事すら叶わぬ神代の激戦――― それに身を投じ、戦い抜き、生き抜いた。 硬い寝床に身を横たえる高町なのはを見やる少女。 本来、健康で血色の良い筈の顔が落ち窪み、心なしかやつれている。 そのか細い体には傍から見てもまるで生気が通ってない――まるで病人のようだった。 当たり前だ。 彼女はヒトの身でありながら一晩で英霊と二連戦したのだ。 まさに精魂尽き果てたのだろう。 疲労困憊の痛々しい姿をまともに正視出来ず、目を逸らしてしまうセイバー。 彼女にはもっともっと休息が必要だった。 額のタオルを絞って変えてやる。 そして魔導士が完全に寝入るのを見計らってから――― 「―――ナノハを頼みます」 Allright...Good luck brave knight 「ありがとう……」 床に置いてあるレイジングハートに彼女は別離の言葉を告げた。 自分と共に行くと言ってくれた彼女―――その優しさと気遣い。 だが、セイバーは絶対にそれを受けるわけにはいかない。承知するわけにはいかない。 彼女を同伴させるという事は自分の戦いに魔導士を巻き込むという事だ。 言うまでもなく此度の戦いに彼女を巻き込んだのは自分。 その挙句、高町なのはは負わなくても良い傷を負ってこうして地に伏せっている。 彼女を再びこんな目にあわせてしまう事などセイバーは絶対に了承出来ない。 聖杯戦争とは謂わば参加者各々の私闘。 その私事に関係の無い者を巻き込むなど騎士として恥すべき行為に他ならないのだから。 無防備な彼女を残して去る事には当然、危惧を抱くセイバーであるが このような山小屋では人の目につくかどうかも怪しいし彼女の敵に発見される確率は低いはずだ。 ケモノや魔獣が跋扈していたとしてもこの魔杖――レイジングハートが簡易結界を張って防ぎ、彼女を起こしてくれると言っている。 むしろ自分がここにいては逆効果なのだ。 他のサーヴァントにその身を感知されて襲撃される恐れがある。 そしてこんな状態では他のサーヴァントからなのはを護って戦うなど不可能―――今度こそ彼女を死なせる事になる。 「ふふ、このような気遣い…… 貴方に聞かせたらまた叱られてしまいますね」 それを素直に話した所でこの魔導士は納得すまい。 むしろそんな言い方をすれば逆に食いついてくる。 困ってる時はお互い様、とばかりに助力を申し出てくるはず。 こんな所は本当に――マスターに似ている。 だから――騎士は黙って出て行かざるを得ない。 「――――はぁ………」 ふらつく身体を引きずるように……騎士は山小屋の扉を開け放つ。 自分とてダメージが抜け切っているわけではない。その重い体を引きずるように――― セイバーはゆっくりと勝手口に向かい、その戸を開く。 一面に広がるのは岸壁と渓谷――――― 切り立った崖の下からは針葉樹林による緑の絨毯が広がっている。 苦笑する剣の英霊。 これは冬木の地に戻るのに相当手間がかかりそうだ。 小屋を後にする前に……騎士はもう一度、振り返る。 その部屋の奥。 深い眠りについている一人の魔術師。 否、魔導士に向かって一言―――― 「必ずまた会いましょう……タカマチナノハ。 この剣にかけて―――――――約束です。」 別れは言わない いずれまた再会しよう この素晴らしき友と その思いを胸に秘め―――― エースオブエースと騎士王の道はここで一先ず別れ、別の道を往く事になる。 本来、交わることの無かった二人の英雄の邂逅。 その物語は―――幕を閉じた。 だかしかし、それはこの世界で繰り広げられる事になるであろう 血で血を洗う壮絶な闘争劇の―――――序章に過ぎないのかも知れない。 ―――――― 無限の欲望の手によって起動した神々の遊戯版――― それが次の駒を選別すべく軋みを上げる――― 狂気の愉悦を称えたこの遊戯――― 次に舞台に上がるのは誰なのか…… カラカラと、まるでしゃれこうべの哂いのような音を立てながら起動する選別の祭壇。 その答えは誰にも…………知る由は無い。 ―――――― 「……………」 「……………」 そして時は今――――― 魔導士が騎士の少女と別れた山小屋にて。 「――――取りあえず話、長っ!」 血みどろのレクリエーションを終えた魔法使いが二人。 ズタボロの身体を横たえながらの情報交換の真っ最中であった。 「話を聞かせる気があるのアンタは!? 途中四回ほど眼を開けながら寝てました私スミマセン。」 「貴方が詳しく聞かせろって言ったから……」 「もっとよく考えて話作りなさい! そんなだから、ことごとく説得失敗するのよこのバカメっ。」 「……………」 「全く貴重な時間を無駄にした。 この話で分かった事と言えば貴方がその仕事に破滅的に向いてないって事くらいじゃないの…… ほら、バンザーイ! 早く薬塗って塗って!」 「言いたい放題……私だって必死だったんだよ…?」 かつてセイバーと心温まる話をした場所で それとは全く似ても似つかない、腹ただしい罵倒を飛ばしてくる魔法使い。 蒼崎青子の相手をさせられる高町なのはである。 「それでサーヴァント―――セイバーとはそれっきり?」 「うん……私が起きた時にはもう…」 「ふぅん」 微かに落胆の表情を浮かべる高町なのは。 彼女が再び目を覚ました時―――少女の姿はなく 自分と袂を分かってしまったと理解した時の寂しさは言葉では表せない。 やるせない記憶に苛まれるもその後、身体と魔力の回復を待ってこの山小屋を基点に付近を調査。 その最中に、どこぞの物騒なマジックガンナーにイチャモンをつけられたというわけだ。 (しかし英雄王に騎士王? ……どおりでキモが据わってるわけね。 ウチの世界の上位の神秘と既に一戦交えてたってワケか。) 話を聞くにつれ、内心で驚愕するミスブルー。 やはりこの娘、戦闘力に関しては予想を遥かに上回るレベルにあるという事だ。 「くっそー……こっちはズタボロなのにピンピンしやがってー! 私にやられた傷なんて蚊に刺されたようなもんってか!」 「こちらも相当こっ酷くやられてるよ……見れば分かるでしょう? ブラスターの後遺症も心配だし。」 青子の所持していた怪しげな処方器具の数々を巧みに操り 互いに互いの治療を施している最中の二人。 「姉貴のとこからガメてきた人形処方が役に立ったわ。 たまには役に立つのね、あのメガネも」 「ミッドチルダには無い凄い技術だよ……傷の塞がり方が尋常じゃない。 それもそちらの魔術の力なの?」 「まあね。たまに肉体変異とか起こってえらい事になるけど」 「は………?」 「いや何でもない」 既に自身の傷口に処置を施した教導官にとって聞き捨てならない呟きは どうやらその耳に入る事はなかったようだ。 「ところでもう一度確認するけど―――英霊と戦ったのね?貴方は。 一方的にやられたわけじゃなく、ちゃんと戦いになったわけね?」 「うん。でも互角の闘いだったとは思わない…… 地力では完全に上をいかれてた。」 「奴ら人間超えてるからね。根本的な部分で上をいかれるのは仕方がないわ。 でも――――攻撃は効いたのね?」 「うん。効きは薄かったと思うけど、確かにダメージは与えてたと思う。」 「…………………」 口元に手を当てて考え込む蒼崎青子。 (やっぱり、そういう事…?) 英霊に―――神秘に攻撃を通した。 サーヴァントの対魔力をブチ抜いたという事実。 「魔法」以外では、この世に現存するあらゆる魔術は騎士王の影を突破できないというのに。 同じ魔弾使いでありながら何故かこの相手の「魔法」を見た時、胸くそが悪くなった。 生理的嫌悪が先立ち、何が何でも否定してやりたくなった。 アナタのそれは魔法じゃないと。 そして今聞いた話を総計して……… 目の前の娘やその世界の住人の使う「魔法」とやらが青子の考えている通りのものだとしたら――― (水と、油……) それはどこまでも相反し、反発し合うモノであるのかも知れない。 表情には出さないミスブルー。 だが、あまり芳しくない仮説が立ってしまった事に―――心の底で焦燥を覚える。 「ときになのは―――貴方の所属する……その管、」 「時空管理局?」 「そう、それ。 アナタはその下で動いてるのよね?」 「うん。正式に勤務して結構長いよ」 「じゃあ今ここで起こってる事―――上に揚げるワケ? 英霊や、私の使った……魔法の事とか。」 それは何気ない質問だった。 少なくとも、なのはには他愛の無い質問に聞こえた。 その問いに隠された意味―――その声に微かに込められた危険な響きに―――なのはは気付くのが遅れた。 「そうなると思う。まだ上手く報告書に纏める自身ないけれど…」 故に気付けないままに対話した―――魔法使いに背中越しに答えた。 「正直、話が複雑で私一人の判断では動けない。 もし戻れたら一度、上の指示を仰がない、と…………ッ!」 突然、自身の心臓を背後から貫かれたかのような錯覚に襲われ――― 相手のたくし上げたシャツの下をまさぐって塗りたくっていた軟膏をその場で放り出し、勢い良く飛び退く教導官。 「――――――」 そのまま―――待機モードとなった己がデバイスを握り締め…… 緊張さながらに相手を見据える。 「――――どうしたのよ?」 「どういうつもり……?」 「何が?」 眼前にて向かい合う両者。 その常に称えた笑みを完全に消し去り――― 狼のような鋭い視線をこちらに向けてくるミスブルーに対し、なのはも冷徹なる戦意をぶつけて相対する。 「何かヘンな事言ったかな……私?」 「だから何がよ?」 「どうして……殺気をむけるの?」 「あらら何とも―――――――鋭いね、このコは。 時代劇で主役張れるわ。」 「はぐらかさないで」 ふざけている――そんな言い分は通用しない。 今、背中越しに感じた殺意は紛い様のない本気のものだった。 幾多の戦場を駆けてきた高町なのはがそれを読み間違える筈がない。 「青子さん」 厳しい視線を崩さない高町なのはに対し、青子はため息を一つ――― 「いや何ね……ちょっと愕然としたついでに アナタ、少しおつむが足りないんじゃないの?って思ったのよ。」 「意味が分からないよ」 「分からない? 本当に?」 くしゃ、っと頭を掻き毟るミスブルーである。 「………だから致命的なんだって言ってるの。まあ無理も無いんだけどね。」 なのはに対しての最後の言葉はもはや、ぼやきに近い。 「なのは。歴史のお勉強」 「………?」 「フロンティアを気取る余所者がネイティブに対してする行動。 仕打ちは場所、時代を問わず終始一貫している。 ―――――さて、どうするでしょう?」 「……………」 まるで自分を試すような青子の口調。 威圧されている感がどうしても抜けなくて、なのはの声も固くなってしまう。 「ひょとして……管理局の事を言っているの? 言っておくけど局は征服とか、無茶な武力介入はしないよ。ちゃんと相手の話は聞くし。 過ぎた力の暴走や破壊を止めるために介入はするけど、それは危険な力を抑止・保護するだけ。 必要以上の関与はその趣旨じゃない。」 「保護、ね。 じゃあ対象がその保護を拒んだらどうなるの?」 心の奥底まで覗き込んでくるようなミスブルーの視線にチリチリと全身が総毛立つ。 そんな感触に駆られつつも臆することなく答えるなのは。 「なるべく現地の人達との軋轢や摩擦を起こさないように対処するから 相手や付近に気づかれないように陰ながらに対応する、と思う。」 「ナルホド模範的な答えね。 ハネ返ったマヌケは気づかないうちにビーカーに入れられてるってワケ?」 「介入に対して断固とした姿勢を取ってくる人も中にはいるけれど 仮に戦闘になったとしてもギリギリまで相手を傷つけないよう留意する。 あくまで対象の保護が最優先だから……そのための非殺傷設定だよ。」 「―――――はぁ……」 ため息の連続だ。 本気で気が重くなるブルーである。 やはり根本的に世界が違う……何も分かっていない。 その「保護」という題目が――――まさにこちら側にとって死活問題だという事に。 恐らく目の前の純真無垢な娘はその保護とやらを嬉々として受け入れたのだろう。 そして組織の管理化に入り、平和のために力を与えられ……もとい、その力ごと飼われて尖兵として飛び回っている。 お国のために働く警察や公務員といえば聞こえは良いが、その力はとてもそんなかわいいものでは無い。 単純に自分が、そんな公務に勤しむような連中と相性が悪い事も相まる胸クソ悪さも手伝って―――どうしても尖った思考で見てしまうのだ。 (この目の前の、正義を本気で信じている娘のように……… 管理局とやらの「保護」を素直に受け入れる輩がこちらの世界にいる?) 断言する。そんな奴は一人もいないだろう。 神秘とは人の手の介入を許さないから神秘なのだ。 つまりはよく分からないモノだからこそ力を発揮する。 だが管理局――――ミッドチルダの力とやらは、それとは全くの真逆の存在。 発展に発展を重ねた科学技術。 それによって紡がれたプログラムにより術式を技術化・体系化して行使される力。 その技術は異次元間の航行や人体練成……つまりはこの世界における禁忌の領域。 「魔法」に匹敵する程にまで至っているのだ。 それほどの科学技術を持った相手に保護される。 そんなモノと、こちらの世界が混ざり合えば―――― 秘匿に秘匿を重ね、星に脈々と受け継がれてきた神性は………どうなる? (取りあえず私らは失業ね。 この地球に魔法使いは――――) ――――――――いなくなる……… 全てを白日の下に晒され、犯しつくされる事だろう。 その技術という名のメスによって。 どうだろうか―――そこまでの介入をされた以上、抑止は動くだろうか? 一応、表面上は平和的な営みである以上、アラヤもガイアも静観を決め込むだろうか? 協会とか教会とか、あそこら辺はこの第三者の介入を決して許しはすまいが。 どの道こんな風に力を巡っての異世界間の交流は、大概ロクな結果を生み出さない。 両者間に決して小さくない波紋、諍い、最悪の場合は全面戦争もあり得るだろう。 「………」 目の前の魔法少女の言う時空管理局という組織。 彼女の言葉が眉唾でないのなら、その規模・力は想像の範疇を超えている。 太陽系はおろか、地球圏以外に他の知的生物の存在すら認知していない地球人類の前に突如現れた 宇宙全域に広がる管理局という組織……まるでどこぞのSFだ。 目の前の娘の話だと管理局というのはそこまで物騒な集団ではないとの事だが 物騒な対応をしないのは相手が従順だからであって、もしそうでない場合は……? 徹底的に抗う姿勢を見せた相手に対し、その巨大な力を持つ組織がどういう対応に出るのか…? 彼らの目には、手段を問わず、ただ「頂」に至る事を第一とするこの世界の魔術師はどう映る? 法やら秩序やらを重視する者たちにとってむしろ物騒な存在はこちらではないか? 高町なのはは「魔法使いは大勢いる」と言った。 それはこのテの魔法使い―――似たような武装をした連中がごまんといるという事だ。 この高町なのはレベルの敵がわんさか攻めて来る事を考えると 「ぞっとしないわ……」 シャレにならない事態になる。 英霊と五分に戦う奴らが大挙して攻めてくるのだ。 もはや戦いにすらならないだろう。 (は、はは………何よコレ?) あらゆるifを想定し、考え尽くし――― げんなりしてしまう青子。 これではまるで小学生の頃に見た荒唐無稽なハリウッド映画と変わらないでは無いか? とにかくあまりにも相手の事が分からず、それに大して情報が少なすぎて想像すら出来ない。 事態は深刻な所まで進んでしまっているのか? ただの取り越し苦労なのか? ―――何も分からない…… (何だか重い話になってきちゃったわねぇ……) 額に皺を寄せ、深く考え込むブルー。 そして青子の動向を逐一見逃さぬよう、その表情を凝視するなのは。 エースオブエースの視線に晒されている事をまるで無視して、考え込んだかと思えば、ため息をつき 空気の凍るような表情を見せたと思えば、う~…といったダレ顔になる。 「青子さん?」 「考えてる……話しかけないで」 その百面相をまじまじと見ていたなのはが声をかけるが 決まりが悪そうに青子の方から、つい――、と目を逸らすのみ。 ガシカシと頭を掻く仕草があまりお行儀が良いとは言えない。 (完全に魔法使いの専門から大きく外れる事態になってきた。 イマイチ実感が沸かない……ジェダイの騎士とか呼んで来いっつうの。) そうだ。今の状況を簡単に言うと、それはファンタジーとSFが混ざり合うようなもの。 流石の魔法使いも全ての事態を的確に把握できるはずがない。 そもそも彼女は自分達の愛する世界を護りたい!というガラでも無い。 それはある意味、達観した有り様だっただろう。 超越した力を持つ人間が過度な思い入れで行動すれば、それはときに悪い結果に転がってしまう。 だからこそ浮世の事にはなるべく関与しないよう努めてきたのだが。 「――――――ま、いいや。」 だがそれでもこれだけ大きな事態に関わってしまった以上――スルーは出来ない。 「さて、これからどうしようか……当てはあるんでしょ?」 「いや、当てはこれから探すつもり。 引き続き調査待ちというところだけど……」 「どんくさい公務員ねぇ」 「…………放っといて」 自分は魔法使いなのだから―――そして目の前に魔法少女なんてモノまでいるのだから。 昔のような臭いノリで事に当たるのも悪くはないかも知れない。 「私も付いてったげる」 「え”?」 「………」 「………」 突然に切り出された同行の意―――― いつぞやの騎士に対し、自分が申し出たそれを今度は目の前の女性から自分が受ける事となった高町なのは。 それはあの時と同じで判断としては悪くない。 前後不覚の現状で一人よりは二人で行動した方が間違いなく安全であるからだ。 「………どうやら異世界の魔法使いは礼儀を知らないと見えるわね…」 「う、ううん! ち、違うの……そうじゃなくて。」 だというのに、一瞬表情が強張ってしまった高町なのはに対して こめかみをピクピクさせる青子さん。 流石の傲岸不遜なマジックガンナーも、厚意を向けた相手にあからさまにイヤそうな顔をされて深く傷ついたようだ。 「サーヴァントには一緒に行こうとか言って泣きついたんでしょうが? 心細いアナタのお守をしてやろうという私の親切心が分からない?」 「別に泣きついたわけじゃない……」 「じゃ、取りあえず―――」 「え? あの……」 目の前の長髪の魔法使いが簡素なTシャツをおもむろにたくし上げ その一糸纏わぬ姿をなのはの前に晒していた。 「さっきの続き続き♪」 「……………」 寝床にごろんと寝転がりながら床に落ちてる軟膏を指差して、カモン!と手招きするブルー。 目の前のスレンダーで無駄な肉の無い裸体を全く隠さずに。 (………………つ、疲れる人だ…) 誰とでもニュートラルに接する事が出来るのがこの教導官の美点であり長所だ。 だが、はっきり言って………ちょっと苦手な部類に入るかも知れない。 なのはにとってこの蒼崎青子という人物は。 (アリサちゃんを常時怒らせたようなものだと思えば我慢できなくもないかな……) 礼儀正しさの見本のような彼女であるが故に、ここまで無礼で無遠慮で 人の領域をドカドカ踏み荒らす人間を前にしてはやはり戸惑ってしまうのだろう。 珍しく他人に振り回されながら、塗り薬片手に暴虐ブルーに奉仕するエース。 対して青子の方は――――ぶつぶつ文句を言いながらも存外にも目の前の娘の事を気に入りだしていた。 まああくまでも……根性があって真面目でからかい甲斐のある「玩具」としてであったが。 まるで正義を純粋に信じていた学生時代の恥ずかしい自分を見ているようでSっ気が刺激され、ついイジりたくなってしまうという面もある。 同じような世界を生きていながら、昔、自分が置いてきたものを今もなお持ち続けている異世界の魔法使い。 旅のお供としてこれ以上の肴はない。 退屈しない道中になりそうだった。 「じゃあ塗るから。動かないでね」 「痛くしたらぶっ飛ばすわよ。 ああ、それとそのツインテールが腰に当たって気持ち悪い。 切りなさい。今すぐ」 「…………」 ――――――パンッ!!! 「きゃひィッ!!!???」 軽口をたたく患者の背中の傷口を思いっきり張るなのは。 青子がシメられたニワトリのような悲鳴を上げる。 「ごめん……痛かった?」 「か、――――こ、こ……」 「そう、傷を負えば痛い……その痛みが分かるなら二度と他人に乱暴しようなんて考えない。 簡単に人をぶっ飛ばすとか蹴っ飛ばすとか強い言葉も使わない。 それから……あ、ほら動かないで青子さん。また手元が狂うよ?」 ベッドの上でのたうち回る青子を押さえつけて冷淡な視線を向けながら説教を落とす教導官。 前言撤回。易々と玩具にされるようなタマではない……この高町なのはという人物も。 物静かでとてもそんな風には見えないが―――高町なのはもまた、どちらかと言えばS属性なワケで…… 「このガキ! 歯を食いしばりなさいッ!!」 上に乗っかっていたなのはを押しのけて青子がガバっと起き上がる。 「その若さにして総入れ歯になる覚悟は既に出来てるワケだ! 明日の朝食は何がいい? 噛めない顎で食べられるモノを用意してあげるわ!」 跳ね飛ばされ、ベッドから転げ落ちて床に叩きつけられるなのはだったが そのまま無理なく受身をとって、中腰の姿勢で相手を正面に構える。 「そんな心配しなくていいよ……朝食くらい自分で作れるからっ! バインドッ!!」 山小屋に響くドタンバタンとした喧騒はもはや何度目になるか分からない 魔法使い同士の取っ組み合いの音。 セイバーとは全く逆のベクトルになるが―――これはこれで良いパートナーなのかも知れない この後、暫く彼女たちは行動を共にするわけであるが、道中は終始こんな感じなのであろう。 ―――この娘の世界と自分達の世界は決して関わるべきではないと思う……… だが、喧騒と戯れ交じりの中にあって――青子の思考には未だ拭えぬ陰があった。 閉鎖的な意見と言ってしまえばそれまでだが、それでも彼女は秘匿された世界のその頂点に位置する魔法使いなのだ。 今は悪ふざけのノリで高町なのはと話している彼女ではあるが、自分の立ち位置・彼女の立ち位置を考えた場合 恐らくこの先、迎合の道を往く事は無いのだろう。 ――― いつか本気で……今度は命を賭けて戦うことになるかも知れない ――― ドタバタ騒ぎの喧騒に紛れ、それでも青子は飄々とした笑みを崩さない。 その瞳に暗雲と漂う暗い感情を映すことは無い。 時が来るまで―――決してその隠した牙を表に出さずに、彼女は高町なのはと共に行く。 (このコを見る限りじゃ取り越し苦労だと思うけど…… 多聞に漏れず色んな人間がいるからね。 どの世界にも――――) 各々の思惑が錯綜するこの世界。 今宵、魔法使いたちの夜が―――――人知れず明けていく。 この二人の出会いが幸福なものとなるか………今はまだ誰にも分からない。
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魔法少女リリカルなのはGoodSpeed クロス元:スクライド 最終更新:08/02/28 Chapter1<<Erio>> TOPページへ このページの先頭へ
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なのは×終わクロ クロス元:終わりのクロニクル 最終更新:08/03/29 序章『聖者の行進』 第一章『佐山の始まり』 第二章『二人の出会い』 第三章『彼方の行方』 第四章『君の印象』 第五章『過去の追走』 第六章『意思の交差』 第七章『初めての再会』 第八章『これからの質問』 第九章『意思の証』 小話メドレー クロス元:多数あるため割愛 最終更新:08/03/30 1st 2nd 3rd 4th 5th 魔法少女リリカルなのはFINAL WARS クロス元:ゴジラ FINAL WARS 最終更新:08/05/24 ミッドチルダ1~愚挙開始~ ミッドチルダ2~繁華街戦~ ミッドチルダ3~摩天楼戦~ ミッドチルダ4~千年竜王~前編 ミッドチルダ4~千年竜王~後編 拍手感想レス :すっごく面白そうです。なのはHEARTSぜひ始めてください。 :続きが楽しみでなりません。他にも両作品の出雲や風見、ユーノ君なども登場してほしいところです。 :人間シリーズで高町家の人たちや友人たちとの再会が見たいです。 TOPページへ このページの先頭へ
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魔法少女フルメタなのは 第二話「流れ着いた兵士達」 ミッドチルダの首都クラナガン。その一角にある時空管理局機動六課隊舎。 先程まで静寂で包まれていたこの場所だが、今ではエマージェンシーコールが鳴り響く騒がしい場所となっている。 「何が起こったん?」 作戦室に入ってきたのは六課の部隊長にしてオーバーSランク魔道士、八神はやてである。「強大な次元振反応を確認、その同地区に大型の熱源が出現するのを感知しました。」 「場所は?」 都市部の外れ、廃棄都市区画です。」 はやての問いに、六課メンバーのシャーリーとグリフィスが答える。 「スターズ分隊を目的地に調査に向かわせてや。ライトニング分隊は出動準備のまま待機や。」 「了解。」 六課フォワードメンバー・スターズ分隊は輸送ヘリ「ストームレイダー」で廃棄都市区画へと向かう。 「ねぇティア、次元振はともかくさ、大型の熱源て何だろうね?」 スターズメンバーの一人、スバル・ナカジマが言う。 「アンタね、それの調査があたし達の仕事でしょ!?」 同じくスターズメンバー、ティアナ・ランスターが呆れ気味に答える。」「あ、そっか。」 「ハァ…アンタは本当にいつもいつも…」 あっけらかんと言うスバルに対し、ティアナは嘆息する。 「にゃはは…まぁガジェットの反応もないし、それ程危険な事にはならないよ。」 スターズ分隊長、高町なのははそんな二人を見て、苦笑しながら言う。 「でも何があるのかは分からねぇんだ。あんまし気を抜くなよ。」 スターズ副隊長、ウ゛ィータが忠告する。 「「はい!!」 「ったく、返事だけは一人前だな…」 「にゃははは…」 とても任務中とは思えない空気のまま、ヘリは目的地に到着した。 「データだとこの辺りの筈だよ。」 「あっ、あれじゃねぇか?」 ヘリから降り、バリアジャケットを装着した四人は、少し広い場所に倒れていた“それ”を発見した。 「これって…ロボットっていうやつ?」 そこにあったのは、8メートル程の大きさの白と灰色の二体の鉄の巨人だった。 「うん…一般的にそう言われる物だろうね。」 ティアナとなのはは静かにそう呟く。 が、スバルはというと… 「すっごーい!!!ねぇねぇティア、ロボットだよロボット、くぅ~かっこいいー!!」 子供のようなはしゃぎっぷりであった。 「うっさいバカスバル!!」 「あう!」 お気楽な事を普通に言うスバルに、ティアナは脳天チョップを利かす。 「はしゃいでんじゃないわよ!危険なモンだったらどうすんのよ!ですよね、ウ゛ィータ副隊長?」 ティアナはウ゛ィータに同意を求めるが、当の副隊長は、 「ああ…そうだな…」 上の空で聞き流し、目をキラキラさせながらロボットを見ていた。 「………」 完全に沈黙するティアナ。 「あ、あははは…まぁとにかく調査しないとね。」 気を取り直してロボットに近付なのは。 しかし、彼女が軽く表面に触れた瞬間、二機のロボットが光を発した。 「な、何!?」 光は機体全体を覆い尽くし、それが収まった時、そこにロボットの姿は無かった。 「あ~っ、かっこいいロボットが~!?」 「なのは、テメェ!!!」 非難と怒号を同時にぶつけるお子様コンビ。 「え、えぇ~!?」 悲しみと怒りを宿す瞳に詰め寄られ、後退るなのは。 それを呆れながら見ていたティアナだが、ふとある物を発見した。 「皆あれ見て、人が倒れてるわ!」 その言葉に騒ぐのを止める三人。そして前方を見るとロボットのあった場所に二人の男が倒れていた。一人は金髪の青年、もう一人は黒髪の少年だった。 「大丈夫ですか!?」 急いで駆け寄るなのは達。 「…大丈夫、生きてるよ。ロングアーチに連絡、至急医療班を!」 生命反応を確認し、指示を飛ばすなのは。 「ふぅ、あとは…ん?」 連絡を終え、倒れている二人を運び終えたスバルが、何かを見つけて拾った。 「これって…デバイス?」 「う…」 意識を回復させた宗介は、まず自分がベッドに寝かされている事に疑問を抱く。 (どういう事だ…俺はたしかアーバレストのコックピットにいて、あの光に…) そこまで思い出して、宗介は飛び起きた。 「クルツ!!」 自分を救う為に巻き添えになった仲間の名を呼び、周りを見渡す。 「すぅ…すぅ…」 隣のベッドでまだ眠っている相棒を見つけて安堵する宗介。 「クル…」 そして手を伸ばして起こそうとした時、部屋の扉が開いた。 「あ、目ぇ覚めたん?良かった~、ケガとかないのに丸一日も眠ってたから心配したんよ?」 入ってきたのはなのは、はやての二人であった。 しかし、二人の姿を確認した途端、宗介の表情に警戒の色が浮かんだ。 「君達が俺達を助けてくれたのなら、まずはその事について礼を言う。だが、ここはどこだ?君達は誰だ?」 長年の軍隊生活で身に着いた口調と癖がここでも発揮された。 それを聞いたはやて達は表情を少し曇らせる。 「ご挨拶やなぁ~、こんな美少女が目の前におるのに、他に言うことないん?」 そう言って冗談めかしてセクシーポーズをとるはやてだが、彼を知る者なら誰もが認めるミスター朴念仁の宗介に、それは通用しなかった。 「美しくてもそうでなくても、見ず知らずの人間を簡単には信用できん。第一、君は少女という年齢には見えん。」 言った瞬間、部屋の空気が凍り付いた。はやては先程のポーズのまま固まっていた。 「はやてちゃん…」友人を心配するも、掛ける言葉が見つからないなのはだった。 その後、何とか復活したはやては宗介に自己紹介と幾つか質問をし、彼が管理外世界の人間である事を確信した。 そしてここが魔法世界であるという事実は、起動したデバイスや簡単な魔法を見せることで理解させた。 「何と…だが、しかし…」 今一つ納得しきれない宗介に、背後から声がかかる。 「オメーはいい加減、その石頭を軟らかくしろよなソースケ。」 「クルツ、起きていたのか。」 クルツはむくりとベッドから起き上がり、三人の方に向き直る。 「あぁ、今さっきだがな。それより魔法の世界とはな~、ぶったまげたぜ。」 「まぁそうだろうね。私も初めて知った時は驚いたよ。」 そう語るなのはにクルツは目を向け、 「あんたも俺らと同じなのか?」と聞く。 「近いところはあるかな。ここへは私の意思で来たんだけどね。」 「ふーん。あ、それより助けてくれた事の礼をしてないな。」 「ええよ、そんなお礼なんて~。」 「何ではやてちゃんが照れるの…」 「まぁ二人とも関係してるからな、お礼は両方にしなくちゃな。では、まずはやてちゃんから…」 そう言うとクルツははやての手を取り、ゆっくりと顔を近付けて行く。 「ちょっ、クルツさん!?」 突然近寄ってきたクルツの甘いマスクに、はやては顔を真っ赤にする。「大したことはできねぇけど、せめて俺の熱いベーゼを…」 だが、彼の唇がはやてのそれと重なる事は無かった。なぜなら… 「はやてから離れろおおお!!」 遅れてやって来たヴィータが状況を瞬間的に判断、起動したグラーフアイゼンをクルツに叩き付けたからだ。 「ぐふぅ!!!」 クルツは勢いのままに吹き飛び、壁面とキスすることとなった。 そんな中、宗介は一言、 「良い動きだ。」とだけ言った。 物事に動じない男であった。 騒ぎが収まった後、はやては二人に話しかけた。 「ほんでな、今日うちらが来たのは見舞いだけやのうて、二人に話があったからなんよ。」 宗介、クルツの両名は顔を見合わせる。 「話とは、一体何だ?」 「うん。二人とも、一般人やのうて、何処かの組織と関わりのある人やろ?」 それを聞き、二人は表情を硬くする。 「何故そう思う?」 「宗介君のしゃべり方、クルツさんの着てた戦闘服、何より二人の持ってた認識票と拳銃。一般人と信じろっちゅー方が無理や。…本当の事、話してくれへん?」 何も言い返せない二人。宗介は少し考えた後どうしようもないと判断し、事情を話し始めた。 「俺達は、ミスリルという紛争根絶を目的とした組織の兵士だ…」 機密には触れない程度の情報、そしてここに来たおおよその経緯を話す。 「その光に飲み込まれた後、気付いたらここにいた。間の事は何も覚えていない。」 「…成程な。大体の事情は分かったわ。」 話を聞き終えたはやてはそう言った。 「まぁ今の話聞いたんは局員としての仕事の一環や。必要な所以外では話さんから安心してや。」 「助かるぜ、はやてちゃん。」 口元を綻ばせてクルツが言った。 「で、もう一つだけ聞きたい事があるんや。こっちは私の要望が主なんやけどな。」 「何だ?言ってみろ。」 「うん。君達二人、魔道士になる気はあらへん…?」 続く 戻る 目次へ 次へ
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「なーんか、前にもあったような光景やねー」 直立不動で無言を貫くなのはを見つめ、はやては気だるげに呟いた。 目の前の親友を責めるつもりなどないが、こうも問題が立て続けに起これば頭の一つも抱えたくなる。 皮肉とも取れるはやての言葉を聞き流すなのはの表情は鉄のように固まっていたが、内心がどうなっているかは全く分からない。 ティアナとの模擬戦から半日――その経緯と結果を把握したはやては先日のように当事者を部隊長室へと呼び出していた。 未だ医務室で眠り続けるティアナだけが、以前と違ってこの場にいない。後は全て焼き回しのような状況だった。 「……報告書は全部読んだ。模擬戦の記録も見た」 淡々と告げるはやての傍らではやはり同じようにグリフィスが銅像のように立っていた。 後ろ手にデータ記録用の小型ボードを持っている。 「結論から言うと、まあ今回の出来事は模擬戦の延長――処罰与えるほどの内容ではないと判断したわ。 ティアナとなのは教導官にはもちろん負うべき罰もなければ、そもそも問題も無い。ティアナの行動に対して教導官がどう判断を下すかにもよるけどな」 「何も、問題ありません」 なのはは即答した。 以前の出撃のように実質的な被害や違反など無く、なのは自身、ティアナへの影響も考えて今回のことを拗らせるつもりはなかった。 しかし、その返答にはやては鋭い一瞥を返す。 「そうやね。問題があるとすれば、ティアナ自身が孕む今後の危険性といったところか――」 なのはは息を呑んだ。 今回のティアナの行動自体は問題にしなくても構わない。だが、其処に至る心理的要因をはやては指している。 部隊は複数の意思の統括によって成り立っている。歯車は狂ってはならない。全体の崩壊を招く。故に、その兆しが見えるものは――。 はやては暗にそれを告げていた。 「教導官、新人の教育はアンタの仕事や。実力を見極め、部隊の任務遂行に適切かどうかを判断する。分かってるな?」 「……はい」 「ティアナのことに関して、私は口を挟まん。それに関してはスターズ隊長の高町なのは教導官に一任しとる。 その責任の重さを理解した上で、今後の彼女の処遇について一考願いたい。下手な甘さはティアナ自身にも、何より機動六課の存続にも宜しくないんやからな」 「……了解しました」 鉄の仮面は消え失せ、苦悩の色が教導官としての顔に浮かび上がった。 力無く頷く親友の姿に、胃の痛くなるような罪悪感を感じながらも、しかし八神はやては機動六課の総責任者であった。 甘えや馴れ合いは許されない。自らの掲げた理念の下に集った者達を裏切る行為は決して許されない。 そして、そのはやての責務を知るからこそ、なのはにとって彼女の言葉は何よりも重く圧し掛かるのだった。 判断しなければならない。 ティアナは一度、故意にミスを犯した。その結果、仲間が傷付いたのだ。 二度目を許してはならない。今度は、自分達が守るべき者が傷付き、更にはそれよりも最悪の事態に陥らない為に。 その為に、ティアナをもう一度信じるのか、あるいは――。 「高町教導官」 グチャグチャな頭の中で悩み続けるなのはが無意識に退室しようとする足を、唐突にグリフィスが呼び止めた。 まるで銅像が動いたのを見たような小さな驚きで振り向くなのはの前に、持っていたボードを差し出す。 「……何?」 「念の為、目を通しておいてください」 受け取り、そのウィンドウに表示されるデータを流し見ていたなのはは徐々に顔色を変えていった。 そこに映る複数の人物の顔写真と個人情報が意味する、グリフィスの無言の意図を察して、思わず睨みつける。 「グリフィス君……何、これ?」 「ティアナ=ランスター二等陸士の後釜として適任と思われる管理局魔導師のリストです」 事も無げに告げ、グリフィスは眼鏡を押し上げた。 反射する光によって真意を映す瞳が隠される。それがなおの事、彼の淡々とした無感情な対応を助長させていた。 「いずれも六課設立に当たり、引き抜くメンバーとして次点にいた者達です。 能力的には多少劣りますが、十分に水準は満たしているでしょう。いずれも高町教導官の指揮下に入ることに積極的です。どうぞ、こちらも御一考ください」 「はやてちゃんっ!」 「いえ、これは自分の独断です。必要だと感じたので」 食って掛かろうとするなのはを平坦な声が制する。 なのはは目の前の青年がどうしてここまで冷淡になれるのか不思議でならなかった。 グリフィスとの付き合いは決して長く無いが、同時に短くも浅くも無い。彼がもっと若い頃から同じ仲間として過ごしてきた。ひたむきな青年だった。 そんな彼が別人に変貌したかのような無感情な顔を見せていることにショックを受ける。 そして、同時に湧き上がる怒りもあった。 同じ志を持つ機動六課のメンバーでありながら、グリフィスはティアナを既に切り捨てるべき部分だと認識しているのだ。 「必要ありません!」 それまでの苦悩が吹き飛び、なのはは迷い無くボードをグリフィスにつき返すと、肩を怒らせながら退室した。 普段温厚ななのはの怒声を一身に受けながら、やはりグリフィスは変わらぬ一貫した態度のまま、淡々とはやて傍まで戻る。 「……ちょっと煽りすぎたんちゃう? 好青年のグリフィス君の印象ガタ落ちやで」 「それでなのはさんの後押しが出来るのなら安いものです」 「顔で笑って、背中で泣いて。損な役回りやねぇ」 「誤解のないように言っておきますが、自分はコレも十分に考えに入れるべきだと思っています」 釘を刺すように、グリフィスは手に持ったボードを掲げた。 「確かにランスター二等陸士は優秀な人材ですが、機動六課の存続を脅かす不確定要素を抱えてはいられません」 「分かっとるよ。あまり悩む時間もあげられんしな」 どんな時でも、犯罪に『対応する』部隊である管理局にとって時間は敵だった。 与り知らぬところで事態は動き続けている。 何よりも、そういった事態に対して即対応する為に機動六課は作られたのだ。 「――それでも、他人が集まって一つの事を成そうと言うんや。摩擦の一つや二つ起こるやろう」 頭を悩ます問題がズラリと並ぶ中、はやてはあえて笑って見せた。 人間関係、摩擦、衝突――大いに結構。それに苦悩しながら対応するのも大将のお仕事だ。その為の地位と高給だ。 ある種、開き直りにも似た心理で、今回のなのはとティアナの問題を受け入れている。 「判断は二つに一つ。『信じる』か『信じない』か――。 個人的には前者を選びたいなぁ。仲間っていうのは、信頼し合ってこそナンボやろ? ムラも人間的な成長の一つやん。誰かて最初から完璧な人間なんておらんし、そんなんおったら規格化された部品と一緒や。悩んで、迷って、それでも歩いていけるのは<人間だけの力>なんやから。 それこそが、機動六課の持つ真の強みや」 そう呟くはやての言葉には、人間の可能性を信じる希望が込められていた。 「やはり、機動六課の大将はアナタです」 組織としての人間的な部分を任せ、自らが機械的な部分を担うと決めた上司の真意を再確認して、グリフィスは満足そうに頷いた。 魔法少女リリカルなのはStylish 第十七話『Tear』 まず見慣れない天井が眼に入った。 「……あれ?」 「あら、もう目が覚めたの?」 一瞬自分の置かれた状況を理解出来ないティアナの傍らで、驚いたような声が聞こえる。 跳ねるように上体を起こし、室内と眼を丸くする白衣姿のシャマルを見渡して、ティアナはようやくここが医務室なのだと把握した。 同時に、此処に至る経緯が鮮明に思い起こされる。 「そうか、あたし訓練で……」 混乱していた頭が急速に冷えていく。それは諦めにも似ていた。 「負けたんだ」 皮肉なことに、敗北し、頑なだった意志を砕かれた今、落ち着きを取り戻すことでティアナには正常な思考力が戻っていた。 あの時の自分が、性急過ぎたことを――認めていた。 だが、心身に感じるのは落ち着きというよりも、むしろ脱力だった。 一つの答えが出た。そして、何かが終わった。失うという形で。 それは余りに多すぎたのではないだろうか。信頼していた相棒、案じてくれた仲間、諭してくれた上司、自分の居場所――全て自らの意志で振り払ってしまった。 これから、自分は一体どうなるのか――。 自嘲の笑みしか出てこなかった。 その表情をあえて見ないふりをして、シャマルは訓練着のズボンを持ってくる。今のティアナは半裸も同然だった。 「なのはちゃんの訓練用魔法弾は優秀だから、体にダメージはないと思うけど」 「……訓練用じゃなかったら、きっと今頃あたしは火星まで吹き飛んでますよ」 「あははは」 話でとはいえ模擬戦の結果を知ったシャマルは苦笑いを浮かべるしかない。 ティアナの表現が冗談にしては笑えないものだからだった。実際は、きっと跡形もなく消し飛んでいたに違いないだろう。 大型ミサイルの爆発に巻き込まれたのに生き残れたようなものだ。 非殺傷設定とはそれほどまでに慈悲深く――そして、同時に残酷なものでもあった。 完膚無きまでに叩きのめした敗者を、どうあっても生かすのだから。 「……外、暗いですね」 簡単な質問で診察するシャマルに生返事で受け答えながら、ティアナは窓の外を見ていた。 昼前の模擬戦で意識が途絶え、今はもう完全に日の落ちた夜となっている。 「すごく熟睡してたわよ、死んでるんじゃないかって思えるくらい」 「すみません。それ、シャレになってませんから」 「あははっ、ごめんね。でも、魔力ダメージ以外に疲労による衰弱も原因してるわ。最近、ほとんど寝てなかったでしょ? その疲れが、まとめて来たのよ」 「そうですか……お世話になりました」 「よかったら、もう少し休んで――」 言い終える前に、いつの間にかズボンを履いたティアナは医務室のドア前まで移動していた。 足取りはしっかりとして、とてもさっきまで気絶していた動きではない。 呆気に取られるシャマルを尻目に、ティアナはさっさと部屋から出て行った。 「……ホント、驚きなんだけどねー」 穏やかな笑みを消し、真剣そのものの顔つきでシャマルはティアナの背中を見送った。 なのはのディバインバスターを受けたティアナは、本来は丸一日は目が覚めないはずだったのだ。だが、あの模擬戦からまだ半日も経っていない。 体力や精神力云々の問題ではない。 魔力ダメージへの耐久性の高さ――ティアナのそれは一般魔導師の範疇を軽く超えている。 訓練校での成績からBランク試験の結果に至るまで、計測されたティアナ=ランスターの能力値ではありえないものだった。 「人間離れに近いわね……」 シャマルは呟き、デスクに備えられたコンピュータ端末に目を向けた。 模擬戦のデータからも感じた違和感を確かめる為に、ティアナが気絶している間に生体データを記録しておいたのだ。 これを調べることで、どんな事実が判明するかは分からない。 ただ、予感がする。良いものか悪いものは判断がつかないが。 「……なんだか、不穏なフラグ立ててるみたいで嫌ねぇ」 頭の中に思い浮かぶ懸念を、独り言で茶化しながらもシャマルは端末へと向かっていった。 『巡洋艦隊より入電。巡洋艦隊より入電』 ボギッ。あまり宜しくない音を立てて、割り箸が変な所からへし折れた。はやては眉をひそめて、カップの上に箸の残骸を置く。 カロリーブロックで済ませた夕食に比べれば幾分まとな食事とも言えるカップ麺がようやく三分経ったというに。実際に食うのは、今度は30分くらい先になりそうだ。 『東部海上に未確認飛行物体が都心に向けて高速で多数接近中。ガジェットドローンと思わしき機影。直ちに迎撃へ向かわれたし』 「しっかり夕食食べて、適度な休息を挟んだから、そろそろ犯罪起こしましょってか? こっちの事情も考えてや」 端末から告げられる報告に悪態を吐き、はやては椅子を蹴って立ち上がった。 上着を羽織り、食べ頃のカップ麺を泣く泣く放置して司令室へ向かう。 隊舎内は緊急警報が鳴り響き、滑り込んだ司令室はおそらく三度目の実戦となるであろう前兆に緊迫感が満ちていた。 「詳細を報告!」 部屋に入り、開口一番にはやては叫ぶ。 「ガジェットドローン、機体数は現在12機。旋回飛行を続けています」 「レリックの反応は?」 「今のところ、付近に反応はありません」 「挑発行為か……」 オペレーターとグリフィスのやりとりの間で、はやてはすぐさま敵の目的を推測した。 「敵は新型か?」 「飛行機能を強化した<Ⅱ型>です。ですが――」 報告の最中でモニターが海上を飛行する敵影を映し出した。 それを眼にした途端、司令室に僅かなどよめきが湧き上がる。さすがに三度目ともなると比較的落ち着いたものだ。 「……なるほど、また<寄生型>か」 映し出されたガジェットには、航空的な曲線フォルムの装甲に奇怪な肉片がへばり付いていた。 巨大な眼球を持つそれは、無機質な戦闘機であるガジェットを未知の飛行生物へと変貌させている。 鳥でも飛行機でもないソレが夜空を舞う姿は、ある種の悪夢にも見えた。 「奴さん、ホテルでの一件以降<アンノウン>との繋がりを隠さんようになったようやね」 一般局員の手前、敵が<悪魔>であることは隠して話す。 「ジェイル=スカリエッティと<アンノウン>が、これで繋がったわけですか。どうします?」 「どう見ても、こっちを燻り出すのが目的やろ。囮か、データ収集か。いずれにせよ、出撃せんわけにはいかんな」 憂鬱なため息が漏れた。 積極的な犯罪への行動力を求めて設立した機動六課だったが、どうも思うように動けていない。先手ばかり取られている。 焦りすぎか。強者が集まれば何もかも上手くいくなどと思いはしないが……ええい、くそっ。テレビのヒーローのようにはいかない。 爪を噛むはやての元へ、いつの間にかなのはとフェイトが駆けつけていた。 一見普通に見えるが、なのはの表情は相変わらず陰鬱な色を滲ませている。 ティアナが眼を覚ました報告はシャマルから密かに受けたが、やはりまだ問題解決には至っていないらしい。おそらく、顔も合わせていないだろう。 良くない傾向だ、時間はあった筈なのに。珍しく消極的になっている。 「はやて部隊長、出撃しますか?」 逸るなのはを、はやては無言で制した。 その積極さが彼女自身の焦りを隠す為のものだと、はやての中の冷たい思考が推測している。 彼女は任務に逃げ込むことで、自らの苦悩から目を逸らそうとしていた。 そして、待ち人はすぐに現れた。 なのは達とは遅れて司令室に入って来たのはヴィータと、 「ダンテさん!?」 意外な人物の登場に、二人の間から驚きの声が上がった。 会釈代わりにウィンクするダンテを尻目に、はやては淡々と指示を下していく。 「今回の敵襲は何らかの作戦の囮か、あるいはこちらの戦力調査の意味合いが強いと思われる。 よって、空戦能力を持つ少数戦力で出撃、撃破。不測の事態に備えて新人を含む残りの戦力を出動待機とする」 有無を言わさぬ視線で、はやては一同の顔を見回した。 「ヴィータ副隊長は負傷のこともあるから、今回は待機に回ってな」 「了解」 当然の処置か、とヴィータは不満を漏らさずに受け入れた。 「それから、なのは隊長」 「はい」 「アンタも待機な」 「……え?」 ヴィータとは反対に、その全く予想しなかった命令をなのはは一瞬理解出来なかった。 自分の出撃は順当なものだと思っていた。 手の内を見せない少数戦力による敵の迎撃には、空戦能力と基本攻撃力に優れたなのははまず鉄板となる配置の筈だ。 そんな戦術観を無視し、はやては出撃にはフェイトとシグナムで当たるよう指示を追加している。 「ま、待ってください! さすがに二人だけでは……」 「もう一人付ける」 慌てて意見するなのはを半ば遮るようにはやては忽然と告げた。 「ダンテさんを加えた三人で出撃してもらう」 予め聞いていたダンテ本人以外が息を呑んだ。 「そんな……民間人ですよ!?」 「対<アンノウン>の有効な技能と知識を持つ外部協力者として、既にダンテさんとは契約が済んどる。今回は、その有用性がどの程度か測る意味合いも含めて、出てもらうんや」 「はやてちゃん!」 「高町なのは一等空尉」 はやては有無を言わさぬ険しい視線でなのはを睨み付けた。 沈黙がその場を支配する。数寸すぎたあたりで、なのはがぽつりと言った。 「……何故、わたしを出撃から外すんですか?」 「自分で言っててわからへんか? なら、出動待機からも外れてもらう」 はやては全く優しさを含まない固い声で応答し続けた。 「目の前の問題から逃避する為に任務に徹するなら、それは冷静とは言わん。足元を掬われるで……『以前』のように」 フェイトとヴィータが何か言いたげな顔をしていたが、堪える。ダンテは既に傍観に徹していた。 周りの局員達も口を出せなかったが、状況だけは刻々と進み続けている。 モニターに映る敵の姿を一瞥して、はやてはどこまでも事務的な声で命じた。 「フェイト隊長はシグナム副隊長と共に出撃準備。ダンテさんはフェイト隊長のサポートを受けてください」 俯いたなのはを心配そうに横目で見ながら、フェイトは命令に応じる。ダンテも同じく了解の返答をした。 「なのは隊長は、新人を連れてヘリポートへ集合」 「……了解」 なのはの返答は、はやてと何より自分自身への悪態が混じり苦々しいものとなっていた。 ヘリポートに集まった新人達の間には奇妙な空気が漂っていた。 チラチラと隣の様子を伺うスバルの消極的な態度や、鉄の表情で隣の様子に一切頓着しないティアナの無視。それを伺うエリオとキャロには不安そうな表情が浮かんでいる。 そして、そんな四人を尻目に――特にティアナを意図的に視界から排しているなのはが、頑なとも取れる直立不動で出撃するメンバーと向かい合っていた。 「今回は空戦だから、皆はロビーで出動待機ね。特別参加することになったダンテさんの処遇はこの戦闘の結果によって決まるから、後日詳細を教えます」 「そちらの指揮は高町隊長だ。留守を頼むぞ」 フェイトとシグナムの言葉に、ライトニングのメンバーは声高く、スターズのメンバーは覇気無く応えた。 ――なるほど、問題は思ったよりも深刻なようだ。 当事者ではないシグナムは一人納得する。 問題を起こしたティアナと巻き込まれた相棒のスバル、それを管理すべきなのはも含めて、今やチームワークどころかまともな交流すら成り立っていない。 出動待機とは言うが、実質こんな状態のチームを戦闘に出すのは不安が残るだろう。 デリケートな問題は苦手だ。ならば、自分にすべきことは彼女達に時間を与えること。問題に向き合える猶予を与えることだ。 シグナムは自分の性分とスタンスを十分に理解した上で、そう結論を出した。 「……まあ、私ではあまり言葉が回らんからな」 「シグナム?」 「私達には私達のすべきことがあるという話だ」 なのは達の様子を心配そうに見つめていたフェイトの肩を叩くと、シグナムは一足先にハッチからカーゴへと入って行った。 その言葉と、叩かれた肩の意味を考え、フェイトはずっと抱えていた何かを言わなければならないという焦燥感を飲み込んだ。 言えることなど無いのだ。 『……頑張って、なのは』 内心の思いを念話に乗せて飛ばし、フェイトは未練を振り切るようにシグナムの後へ続いた。 発進準備の完全に整ったヘリの前で、ダンテだけが残される。 予想外の展開を見せた模擬戦に始まり、ティアナの敗北、自らの出撃、そして今なのはとティアナの確執を前にしながらも平静な態度を保ち続けていた彼は、やはり落ち着き払って周囲を見回した。 この場で唯一、自分と同じようにどこか達観した様子で構えている赤毛の少女へ視線を向ける。 「それじゃあ、後はよろしく頼んだぜ。ヴィータ」 「オイコラ、なんであたしに言うんだよ?」 「世話好きそうだしな。俺がいない間、こっちを一度も見ようとしない頑固な妹分を上手くフォローしてやってくれ」 苦笑混じりに呟くダンテの言葉に嫌味な響きは無かったが、ジョークとも皮肉とも取れないそれにティアナの肩が僅かに震えた。 彼女が意図して自らの感情を胸の内に封じ込め、誰にも見せようとしない態度は確かに頑なそのものだ。 スバルとなのはの無意識な非難の視線を受けても気にしないダンテのふてぶてしい態度を見つめ、ヴィータはやれやれと肩を竦めた。 「せいぜい上手くはやてに売り込めよ。――オラ、新人ども。ロビーに行くぞ」 戸惑うスバル達を半ば強引に引き連れ、ヴィータはヘリポートから去って行く。 なのはだけが、自然とその場に残る形となった。 なのは自身、ヴィータがそれを意図していたことは無言のやりとりの中で理解している。その気遣いに感謝した。 全てを察しているかのように、まだヘリへ乗り込まないダンテへ視線を向けた。彼と話すことは、今はティアナのこと以外に無い。 「……ティアと打ち解ける為の話題を探してるなら……まあ、何かネタを提供しようか? 好きな食べ物とか、趣味とか」 ダンテが茶化すように言った。のんびりした口調だが、力のこもった声だった。 彼は、ティアナの問題について決して軽く見ているわけではない。この軽薄さは彼なりの気遣いなのだと、なのはは気付き、力無く笑いながら顔を上げる。 「わたしより、ダンテさんが話した方が良いかもしれない」 「何故、そう思うんだ?」 「わたしはティアナを傷つけました」 「アイツは昔から危険なやりとりが好みだ」 「きっと嫌われてます」 「俺も最初はそうだったさ。此処に来るまでの6年間、本当にいろいろあったんだ」 なのはの吐き出す弱音をダンテは穏やかに受け止め続けた。 ただ一つだけ、彼は拒否し続ける。なのはに代わって、ティアナに語りかける事を。 「……わたしは、ティアナの決意を否定してしまった」 おそらくそれがなのはにとってティアナと向かい合えない一番の理由を、沈痛な面持ちで呟いた。 戦う時、自分はいつだって自らの信念を貫いてきた。 だが、久しく忘れていたらしい。自らの意思を通すことは、他人の意志を砕くことなのだと。 同じく忘れていた本気の戦いと対立を経て、思い出していた。 かつて、そして今かけがえのない親友であるフェイトやヴィータ達ともそうだった。しかし、肝心のところが思い出せない。傷つけた相手と、どうやってもう一度手を取り合えるのか。 苦悩するなのはの表情を見つめ、ダンテは頷いた。 「ああ。だからナノハ、お前しかいないんだ。今のティアと話し合えるのは」 驚き、なのははダンテの顔をジッと見つめた。 「ティアの決意が、間違ってると思ったから立ちはだかったんだろ? 俺も止めるべきだと思った。力だけを求める先にあるのは、孤独だ。俺はその前例を知ってる。アイツを独りにはしたくない」 「でも……わたしにとって正しいことが、ティアナに当て嵌まるとは限らない。押し付けているだけなのかも……」 「人としてティアを想った行動だ。正しいかどうかは分からないが――胸を張るべきだと思うぜ。 家族や仲間だと思っているからこそ、間違った道を正してやらなくちゃいけない。魂がそう言うんだ。止めなきゃならない……例えそれが、相手を傷つける結果になっても」 ダンテの最後の言葉は自分自身にも言い聞かせ、心に染み渡らせているようだった。 悲しげで、しかし後悔を抱くことを否定する強い確信に満ちていた。 その瞳が一瞬、なのはを通して遠い過去を見据える。 「……ひょっとして、ダンテさんも?」 なのはの曖昧な質問を、ダンテは正確に捉え、そして曖昧に笑うだけで答えた。 家族や仲間だと思っているからこそ――。 なのははその言葉を何度も心の中で呟き、噛み締め、そうすることで少しずつ自分の中に10年前から変わらず在り続ける信念を思い出し始めていた。 「実の兄貴でね。お前さん達みたいに仲良くなんてお世辞にも言えなかったが……昔、ソイツを斬った」 呟きとため息を同時にダンテは漏らした。 頭の中にどんな光景が回想されているのか。そこに抱く感情はどんなものなのか。察することは出来ない。 「――だが、ティアには出来なかった」 悔いるような声だった。 先ほどのダンテの言葉を聞いた以上、今の彼が抱く感情ならなのはにも分かる。 家族だからこそ。 だが同時に、家族だからこそ『傷つけなかった結果』に悔いなど抱いて欲しくはないとも思っていた。 「だから、俺には今のティアを偉そうに諌めることなんて出来ない――。 とんだ弱味になっちまった。もう俺には、アイツを殴ってでも道を修正してやることなんて出来ないだろう。 『その時』にアイツがどんな眼で俺を見るのか、俺の手に伝わる感触はどんなものなのか。情けないが、怖くてね。少し長く、近くに居過ぎたんだな」 「それって、いけないことですか? ……わたしは、違うと思いますけど」 肯定を求めて縋るようななのはの言葉に、ダンテは苦笑しながら首を振るしか出来なかった。 「俺には、何とも言えない」 気まずげに言葉を濁したダンテを救うように、痺れを切らしたヴァイスが搭乗を急かす声が響いた。 背を向ける。 「ティアを頼む。勝手な押し付けだが」 「……いいえ」 カーゴの中へと消えていく、どこか小さく見える背中を見つめながら、なのはは静かに呟いた。 「わたしにとっても、ティアナは他人じゃないから」 未だ僅かな迷いのある瞳の中、しかし一つの意志が蘇っていた。 足早に皆の――ティアナの待つロビーへと向かっていく。 それまであったティアナを避ける気持ちは驚くほど薄れていた。 まだ何を話せばいいのか分からない。ただ、これは自分がやらなければならない――そんな使命感のようなものを胸に、なのははティアナ達がテーブルを囲うロビーへと足を踏み入れる。 シャリオやシャマルを含めた、全員の視線がなのはに集中した。ティアナの視線も。 ただ一人、ヴィータだけが何もかも分かっていると言うように頷くのが見えた。 「――ティアナ」 臆すことなく口を開く。 「お話、しようか?」 「……はい」 ティアナは静かにその言葉を受け入れた。それだけのことが酷く嬉しい。 「なのはさん、ティアナへの説明なら私から……」 「いいよ。ありがとう、シャーリー」 シャリオの気遣うような言葉をやんわりと断る。 模擬戦の苛烈さを見た者なら不安を感じるのも仕方が無い。 だが、その不安を一身にティアナへ向ける誤解があるまま任せたくはなかった。 ぶつかり合ったもの同士でしか分からない。理解し合えない。あの時の互いの意志は。 だからこそ、自分が向き合うべき問題なのだ。 無言で立ち上がるティアナを傍に控え、なのはは一度だけシャリオに振り返る。 「シャーリー、いつもわたしを信頼してくれてありがとう。 ……でも、今回はそれを裏切る形になっちゃった。ごめんね」 「そんな、なのはさんは間違ってなんて……」 「片方が間違ってれば、もう片方が正しいなんて単純な物事は無い。間違ったんだよ、わたしも。……間違えることだって、あるんだよ」 納得のいかない顔をするシャーリーから感じる信頼を半分喜び、半分辛く感じながら、なのははティアナを伴い、ロビーから立ち去った。 残された者達に出来ることは、ただ待つことだけであった。 「考えてみたら……」 「はい?」 眼下に溢れていた街の灯火が消え、月明かりを反射しながら蠢く黒い海面だけになると、おもむろにダンテは呟いた。 「ヘリに乗るのは初めてだ。無料でベガスのツアーが味わえるとはね。ちょいと景色が殺風景だが」 「呑気な奴だ。緊張は無いのか?」 「緊張ならしてるさ。とびきりの華を両手に、夜空のデートなんだからな」 こうして面を向かい合うのはシグナムにとって初めてだったが、僅か数言交えただけで目の前の男の人となりがなんとなく分かってしまった。 このダンテという男が先のホテル襲撃事件で多大な貢献をしたことは聞いていたが、空中戦を行う技能は無いと自己申告している。 空を飛べない彼が、先の空中に待つ敵との戦闘をどうするつもりなのか? 「肝が据わってるのか、バカなのか」 皮肉るようなシグナムの呟きに、ダンテは肩を竦めるだけ。 自信を込めた無言の笑みが何よりも語る――『まあ、見ていろ』 「面白い奴だ」 初めてシグナムは苦笑を浮かべた。心を許した者だけに見せる表情だ。 どうやら、この軽薄だがどこか憎めない男を堅物な剣士は気に入ったらしい。 その理由が何となく分かってしまうフェイトもまた苦笑を禁じ得なかった。 離陸する前とは比べて、幾分軽くなった空気を感じながら、ヘリの三人は待ち構える戦いに集中していく。残してきた者達は気になるが、それは今は雑念だ。 『間もなく現場空域に到達します。隊長さん方、準備は良いですかい?』 タイミング良くヴァイスの報告がカーゴ内に響く。 三人は顔を見合わせた。 「さて、ダンテ。お前は飛行能力を持たないのだったな?」 「さすがにスーパーマンの真似事は出来なくてね」 「ならば、丁度デバイスも射撃型だ。我々が近接戦闘を行う間、遠距離からの援護という役割でいいか?」 フェイトも同意する妥当な作戦を聞き、ダンテは腕を組んで考える振りを見せた。『振り』である。 もちろん、考えるまでも無く――彼という人物を知る者ならやはり疑い無く、ダンテの答えは決まっている。 「無難だな。だが、止めとこう」 そいつは<スタイル>じゃない。 「もっと良い考えがあるぜ。――Hey! ヴァイス!」 『何か用ですかい、旦那?』 コクピットに繋がるマイクへ声を掛けると、意外なほど気安い返事が返ってくる。 シグナムとフェイトは思わず顔を見合わせた。 「……ヴァイス君と知り合いだったんですか?」 「ああ、もうすっかりオトモダチさ。趣味も合う方でね」 「そういえば、同じ射撃型デバイス持ちだったな」 「それに、うちの妹分が世話にもなった。切欠はそこからだな」 『お節介を焼いただけですよ』 「ついでに色目も使ったな。手を出したら殺すぜ」 『……肝に銘じときますよ』 「GOOD」 途端に神妙になる声に、ダンテは満足げに頷いた。 確かに、短い時間でも十分な友好関係は築けているらしい。その力関係も含めて。 「OK、気を取り直して俺のプランだ。 このまま敵の固まってる場所より上空を飛んでくれ。出来れば真上がベストだ。見つからないように距離を取れよ」 『了解』 気を取り直してダンテが告げる。 この場で彼にヴァイスへの命令権など無いが、誰もが自然とそれに違和感や反感を感じなかった。 その態度と言葉から溢れ出る根拠の無い自信が、不可解な期待を抱かせるのかもしれない。この男は何かやってくれる、と。 『目標地点に到着。ピッタリ、敵の真上です』 「ハッチを開いてくれ」 程なくしてヘリは上昇と移動を終え、敵にすら気付かれない遥か高高度へと到達する。 ハッチが開くと同時に強烈な風がカーゴ内を巻く中、ダンテは涼しい顔をして眼下を見下ろした。 ガジェットと思わしき光源が羽虫のように飛び回っている。 「――それで、次は?」 シグナムの問いに、身を乗り出していたダンテは振り返った。 風がダンテの体全体を煽り、月光に鈍く輝く銀髪が乱れる。形ばかりのバリアジャケット代わりとして羽織った六課制式のコートがはためいた。 「OK、次はこうだ。しっかり踏ん張って、掛け声を掛ける」 「掛け声?」 ニヤリ、と。不安になるような悪戯っぽい笑みが浮かんだ。 「ああ、そうだ。こうやってな――ジェロォォニモォォォッ!!」 景気付けとばかりに大声を張り上げ、両手を広げてダンテはそのまま夜空へ向けてダイヴした。 「えええええっ!?」 「バカか!」 慌ててハッチから下を覗き込めば、あっという間に小さくなっていくダンテの背中があった。 スカイダイビングの要領で、両手足を広げて速度を調節しているようだが、飛行魔法もパラシュートも持たない彼を最後に待つのは地面との熱烈なキスとその後のミンチだ。 もちろん、これがダンテの単なる自殺行為なハズはないだろう。 「何か考えがあるのだろうが……クソッ、それでも正気か?」 シグナムの悪態の答えなど分かり切ったものだった。 少なくともダンテの旧知ならば、ティアナを代表として全員が口を揃えて言うだろう。 ――『いいや、イカれてる』 「とにかく、私達も行かないと……! ライトニング1、行きます!」 近くにいれば最悪の事態にも対処出来る。そう判断し、フェイトはすぐさま自らも出撃を決意した。 待機モードのバルディッシュを取り出し、ハッチに足を掛ける。 それから何故か少し躊躇う姿を、シグナムは訝しげに一瞥して、 「じぇ、じぇろにもぉー!」 律儀にもダンテの行っていた掛け声をたどたどしく真似しながら、フェイトは空中へと飛び出した。 「……ライトニング2、出るぞ」 その素直さと天然の入ったライバル兼親友の姿にため息を吐きながら、シグナムもまた追うように飛ぶのだった。 耳元を空気が唸り声を上げて通り過ぎていく。 重力に引かれるまま、徐々に加速していく落下に対してダンテは僅かな恐怖も抱いていなかった。 このまま地面に激突するなんてヴィジョンは脳裏に欠片も浮かんでいない。 問題ない、高い所から落ちるのは慣れている。 暗黒の空をダイビングしながら、ダンテは視線の先に飛び交う敵影を捉えた。 落下し続け、距離の詰まりつつある現状でもまだ豆粒程度にしか見えない敵に早速先制攻撃を開始する。 広げていた両手を体に沿って伸ばし、頭から弾丸のように落下する体勢で加速を得ると、そのまま一回転して器用に頭の位置を下から上に変えた。 足から落ちていく形。その下に蠢く敵へ向けて、デバイスの銃口を向ける。 「Let s Rock!」 お決まりの台詞を吐き捨てると、両腕の銃口が火を吹いた。 超高速・高圧縮の魔力弾が動き回る小さな的を、狙い違わず貫通する。爆発、そして散華。夜空に開戦の花火が広がる。 「BINGO!」 文字通り、一気に火が付いた。 ダンテの顔に浮かぶ笑みは深く、獣が牙を剥くそれへと一瞬で変貌し、暗い闘争心が燃え上がる。 今、この夜空に存在するのは家族同然の少女を案じる兄貴分の男ではなく、悪魔を狩ることにおいて右に出る者はいない最強の狩人であった。 旋回する集団のど真ん中で起こった爆発に、敵の意識が一斉に上空から迫るダンテへ向けられる。 無機質な戦闘機でありながら、表面にへばり付いた生体部分でギョロギョロと動く眼球から感じられるハッキリとした<視線> 常人ならばその薄気味悪さに背筋の凍りつくような感覚も、ダンテにとってはむしろ馴染み深く、得体の知れない機械を相手にするよりは幾分やりやすい。 奴らの狩り方は熟知している。 「Show time!」 旋回行動を止め、回頭して機首をこちらに向けた敵へダンテはすぐさま第二射を放った。 しかし、さすがはこちらと違って空を飛ぶ為の体。ガジェットの群れは弾幕へ飛び込む形で上昇しながらも各々回避行動を取る。 撃ち返される熱線、無数。超派手。 「Fooooow!!」 ナイトスタジアムで出すような歓声。迫り来る脅威を目の前にして、ダンテの理性が弾ける。最高のスリル。 何も無い空間をキック。だが、靴底には確かな手応え。 無意識に発生した瞬間的な魔方陣の足場を蹴って、落下する軌道を強引に捻じ曲げる。 急激な横移動の一瞬後には、傍らを掠めるように熱線が通り過ぎていった。 続けて迫り来る熱線。キック。別の熱線。キック。熱線。キック。キック。 <エアハイク>の文字通り、空中を歩くような自在な動き。小刻みに跳ね回ることでダンテは敵の弾幕をすり抜けていく。 ティアナが使用する魔法の応用とは違う、完全なスキル。いちいち術式を組み直す必要などないからタイムラグもずっと短い。 それでも空中で高度を維持できるほど連続は出来ない為、ダンテの体はどんどん落下してく。縮まる敵との相対距離。互いの速度も反応の猶予もどんどんシビアになっていく。 「Yeaaaaaah!」 その刹那のスリルがたまらない。 ダンテは嬉々として敵中に飛び込んでいった。 狭くなる視界の中を超高速で飛び回る敵影。かすんで見えるそれらの影から一つを選んで、舌なめずり。 距離が縮まる。 ――3 またも器用に体勢を変えて、狙った標的に体当たりするような軌道と加速で接近する。 ――2 標的のガジェットもこちらの狙いに気付いたか、すぐさま回避行動。衝突しない軌道を取る。 ――1 そしてダンテ、直前で、キック。 驚異的な動体視力でガジェットの機動に追従したダンテは、狙い違わず標的を捉えた。 ――コンタクト。 激突。 「失礼、ちょいと便乗させてもらうぜ」 船体に蹴りを加えるような着地を成功させたダンテは、自分を睨みつける寄生型ガジェットの眼球にウィンクを返して見せた。 思わぬ重量を背負ってふら付きながらも、ガジェットは張り付いた敵を振り落とす為に無茶苦茶な機動を始める。 「Wow.Ho,Hooooo!!」 ダンテはそれをまるで荒波に揉まれるサーフボードよろしく乗りこなしていた。 バランス感覚だけではどうにも出来ないようなでたらめな動きの中で、振り落とされるどころか他のガジェットへ向けてデバイスをぶっ放す。 超高速の空中サーフィンをこなしながら、歓声すら上げて周囲の敵を次々と撃ち落してく様はクレイジーとしか表現できない光景だった。 しかし、その狂った曲芸も唐突に終わる。 熱線がダンテの足元を貫いた。味方を斬り捨てる機械的な判断により、足場となっていたガジェットが同じガジェットの攻撃によって破壊される。 機体の爆発に煽られ、吹き飛ばされたダンテは当然落下するしかない。 「なかなかクールな判断だ」 落ちていく感覚を他人事のように感じながら、ダンテは呟いた。 飛行能力が無い以上、ガジェットの跳ぶ高度より下に落ちてしまえば、あとは地面に激突するまで止まらない。 「何をやってるんですか!?」 全身をリラックスさせて落ちるがままに任せるダンテの元へ、金色の光が瞬時に駆けつけた。 ガジェットの敵中をすり抜け、フェイトは落下するダンテの腕を掴んですぐさま上昇する。 「後先考えずにバカな真似をしてっ! あのまま落ちたらどうなるか分からないんですか!?」 ぶら下がった体勢のまま激昂するフェイトの整った顔を見上げて、少し思案するように乾いた唇を舐める。 「信じてたよ」 「そ、そんな取り繕った言い訳してもダメです!」 赤面するフェイトを視界の隅に収めながら、ダンテは後続のシグナムと交戦を始めたガジェットの残りを確認した。 かなり撃墜したはずだが、まだ数は多い。 「まだ食べ放題ってわけだ。フェイト、敵に向かって飛んでくれ」 「もうっ、人の話を聞かないんだから!」 不満そうに頬を膨らませながらも、戦闘中であることを理解しているフェイトはダンテをぶら下げたまま敵中へ突っ込んだ。 「ベイビー、俺のやり方は分かってるな? 適当な獲物に向かって投げてくれ!」 「もうっ、滅茶苦茶!」 呆れたような悪態と共に、加速をつけてダンテを一体のガジェットに向けて投げつける。 高速で飛来するダンテの弾丸のような蹴りを受けて、船体が大きく軋んだ。そのままゼロ距離でデバイスを足元に撃ち込む。 機体の爆発を利用して、ダンテは跳んだ。 追いついたフェイトが再度伸ばされた腕をキャッチする。意図せぬ完璧なタイミング。以心伝心。互いに意識せず体がシンクロする。 向かい合った二人。一瞬だけ視線が交差した。 「ターンだ!」 背中から迫る敵を感覚で、フェイトの肩越しに背後から迫る敵を視界で捉えたダンテが繋いだ手を強く引いた。 お互いに位置を入れ替えるダンスのようなターンを決めて、フェイトの斬撃とダンテの射撃が各々の標的を撃破する。 二つの爆光を受け、ダンテは思わず口笛を吹いた。 腕を引き、フェイトの体を引き寄せると、もう片方の手を腰に回す。 「いいね、危険な女は嫌いじゃない」 鼻が触れ合うほどの距離で恋人にそうするように囁くと、フェイトの顔が一瞬で沸騰した。意味不明な音が口から漏れる。 「いいい、今は戦闘中ですよっ!?」 「分かってるさ。ダンスの再開だ」 「ならば、こちらのダンスにも付き合ってもらおうか」 死角から迫っていたガジェットをレヴァンティンで貫き、何食わぬ顔でシグナムがダンテの首筋を引っ掴んだ。 「OH、強引なお誘いだ」 「生憎と踊りを嗜む趣味はないのでな。せいぜい振り回すだけだが、構わんな?」 聞いたことのある台詞だった。目の前の美女の半分くらいの背丈の少女が同じ笑みを浮かべていたのを見た気がする。 何処か凄惨さを感じさせる戦士としての笑み。だが、危険な匂いのする女の笑みは得てして男を魅了するものだ。 ダンテも思わず笑みを返すと、シグナムの方を向いたままあらぬ方向から迫るガジェットを正確に撃ち抜いた。 「もちろん、喜んで。やっぱり今夜は両手に華だな」 「お前の性格は大体把握した。合わせてやるから、適当にやれ」 「シグナム! ダンテ! 来るよ!」 いつの間にか随分と気安い口調になってしまったのを、フェイト自身は自覚していないだろう。 反転し、一斉に襲い掛かるガジェットの残党を視界に納め、各々が自らの武器を構える。 「来いよ、ベイビー! キスしてやるぜ!」 両手に美女。夜空でダンス。最高の機嫌とテンションで、ダンテは迫り来る敵を嬉々として迎え撃った。 普段訓練に使う人工の浮島がある沿岸沿いを、なのはとティアナはゆっくりと歩いていた。 まだそう長くは歩いていないが、隊舎を出てからここまで一言も交わしていない。二人とも相手に掛ける第一声とそのタイミングを測りかねているのだった。 歩く先に目的地など無い。きっとこのまま歩いていたら、夜が明けるまで隊舎の周りをグルグル歩き回る羽目になるんだろうな、と。 そこまで考えて、なのはは自分の想像に思わず吹き出しそうになった。 笑いを堪えるなのはの横顔をティアナが不審そうに見ている。 なのはは誤魔化すように咳払いをして、視線を夜空に泳がせた。 「……この空の先で、もうフェイトちゃん達は戦ってるんだろね」 何気ない呟きだったが、それが話の切欠になるのだと気付く。 散々思い悩んだ挙句、あっさりと話を切り出せたことに苦笑しながらなのははティアナに視線を移した。 「……教導官は、出撃に参加すると思ってました」 「うーん、ちょっとね。駄目出し受けちゃった。今のわたしじゃ不安で任せておけないって」 なのははおもむろに歩みを止めた。それに合わせるようにティアナも。 「自分が何も出来ない無力感って、ホント嫌なものだね」 「はい」 「ティアナが感じていたものが、その時の焦りが、何となく分かった。だから、力が欲しいっていう気持ちは……」 そこまで舐めらかに話していたなのはは、突然何かが喉に支えたかのように言葉を閉ざした。 口の中で何度か言葉を反芻して、それから困ったように笑う。 「……なんだろうなぁ、実はいろいろ考えてたんだよ? ティアナと面と向かったら、どういう言葉で話を進めようか。頭の中にたくさん用意しておいたのに」 「ポケットの中にスピーチ用の紙があるなら、どうぞ使ってください。気にしませんから」 「ダンテさん仕込みのジョーク? ティアナって結構毒あるよね」 「すみません」 二人は苦笑し合った。間にあったぎこちなさが薄れていく気がする。 こうして、当たり障りの無い会話をしながら、模擬戦での出来事を全て曖昧にしてしまいたい欲求になのはは駆られた。 だが、それは逃げである、と。 あの時ぶつけ合った言葉は、意志は、確かに本物で本音だったのだ。もう誤魔化すことは出来ない。 いつの間にか、二人の笑い声は消えていた。 顔を見合わせ、お互いの痛ましく感じる笑顔を一瞥すると、どちらが促すこともなく道沿いの斜面に腰を降ろす。 「……用意していた言葉が、どれも軽く感じるよ」 すぐ隣に座るティアナを見れず、なのはは彷徨わせていた視線を結局空に向けた。 「結局、あの時模擬戦で思うままに叫んだ言葉が何よりも本音だった気がする。 今回のことで、自分の教導の甘さに気付いたよ。人が人に教えるんだもん、教える相手にも色んなタイプがいるよね。 誰も不満を言わなかったからって、全部同じ手順で済ませようとしたわたしの未熟だよ。ティアナと同じ目線に立って、ようやくそれが分かった」 「私も、あの時自分は頭を冷やすべきだったと思います」 「お互い、まだ未熟だったってことだね」 「でも、あの時起こったことが……無ければよかったとは、思いません」 そこで、なのはは初めてティアナの眼を見た。 「私の本気に、本気で応えてくれた。嬉しかったです」 「憎んでるんじゃない? 理由はどうあれ、わたしはティアナの本気の想いを否定したんだよ」 「私のことを想って、ですよね。今なら、それがどれ程幸せなことなのか分かります」 「お節介じゃない?」 「あの時は、迷惑だとか言ってすみませんでした。部下として信頼してくれてるから、あそこまでしてくれたんですよね」 「仲間として、想ってるよ」 「あ、いや、それは……恐縮です」 にっこり笑って断言するなのはの顔を直視できず、ティアナはそっぽを向いて鼻の頭を掻いた。 伝え合った本音が、お互いの心へ清流のようにスッと染み渡っていく。 二人して再び空を見上げる形になり、しばらく間を置いてそっとティアナの様子を伺った。 なのはは彼女が考えに耽っているのを見て取った。初めて会った時からずっと、思慮深く、感受性の強いティアナはその冷静な態度の奥で多くのことを考え、想い、悩んでいる。 自分はその一端に触れる貴重な経験をしたのだ、と。何か妙な誇らしさを感じずにはいられなかった。 あらゆる弱味や問題を自身の力のみで解決してしまう程決断力の高い少女が、こうして僅かにでも心を曝け出す人間はそう多くないだろう。 「あの」 不意にティアナが切り出した。 「もう必要ないのかもしれないけれど……もうちょっと話したいことがあるんです」 「うん」 「今更なのかもしれないけど、死んだ兄のことで。特に意味は無くて、ただの昔話なんですけど。別に同情を買おうとか、変な意味じゃなくて、ただ……」 「うん、わたしも聞いておきたい。ティアナのこと、少しでも知りたいから」 「……ありがとう、ございます」 恥ずかしそうに俯くティアナの頬は少しだけ赤かった。 そのまま地面を見つめ、なかなか口を開こうとはしなかったが、なのはは根気強く待った。 やがて顔を持ち上げ、その視線を遠い昔に向けたティアナは静かに語り始めた。 「ある晩、兄が夕食の時に言ったんです。『お前に義姉が出来るかもしれない』 とんでもない発言でしたが、当時の私にもその意味は分かりました。 兄は、その発表に私が喜ぶ反応しか見せないと信じ切っていて、とにかく分かりやすくだらしない顔でしたね。 両親が亡くなってから、ずっと仕事と私の世話でそういう……兄に女性の影なんて全然見えなかったら、ショックでした。 その女性についていろいろ話すんですけど、どんな良心的なイメージを思い浮かべても、その人が自分の姉になるなんて、信じられなかった。兄が取られると、子供らしく単純に思いました」 ティアナは時折懐かしむような笑いを混ぜながら語り続ける。 「相手の女性は同じ管理局員で、自分が局員になった後に顔を知りましたが、キャリアウーマンって感じの美人でした。防衛長官の実娘だそうです。秘書をやってるとか。 完璧なエリートで、今思えばどうやってヒラである兄と知り合ったのか疑問ですが、兄がそんなに女性に対して強くないことを考えれば、そこまで行き着いた努力はかなりのものだったんでしょう。 そもそもどんな切欠で女性に声を掛けようと思ったのか……。まあ、時期を考えれば、影響しそうなのは一人しかいないんですけどね。 丁度、兄とダンテが知り合ったらしい時期でした」 あの女性に対して特に好意的で気安い態度を思い浮かべて、なのはは容易く納得出来た。出来すぎて、思わず笑ってしまうほどだ。 「そしてその夜は、奇跡的にデートの約束まで取り付けた日だったとかで。 兄は調子良く私に話すんですけど、もちろん当時の私は全然面白くなくて、ただ不機嫌さに気付いてもらえるよう表情に出して相槌をするだけでした。 そこで、兄にその女性から電話が繋がったんです。多分、その当日の話か何かで。 私はチャンスだと思い、通話する兄のすぐ傍でこう叫んだんです。『お兄ちゃん、その人も恋人なの? さっきの女の人は違うの?』って」 「悪い妹だね」 顔を顰めながらも笑いの堪えられないなのはに、ティアナは意地悪く微笑んで見せた。 「最悪のガキだったと思います。 怒鳴り声はなくて、何か数言聞こえたかと思ったら、電話が切れました。 呆然とした兄が残されて、それからどうなったかは……分かりません。ただ、しばらく兄は落ち込んでましたけど」 長い話を終えると、ティアナは大きく深呼吸して追憶の余韻を味わった。 掘り起こされた思い出が心を暖かくする。 しかし、浮かんでいた柔らかい笑みは気が付けば元に戻っていた。 「……その次の月でした。兄が死んだのは」 ティアナが静かに告げた。 「あの時、私が邪魔をしなければ兄は、ずっと私の世話で味わえなかった人生の楽しみを少しは味わえたかもしれない――。 そう考えて後悔を感じることが、度々あります。ほんの些細なことなのに、思い出して悔いに繋がる。 失った人に対して、もっと何かしてあげられたんじゃないか? でも、もう絶対に何もしてあげられない。それを実感する度に人の死の重さを感じます」 「ティアナ……」 「兄が好きでした。父親の姿をよく覚えていないから、憧れも、誇りも、全部兄の背中に感じていた……」 僅かに聞こえた鼻を啜る音に、なのはは敏感に反応した。泣いている? だが、伺ったティアナの横顔はただ何かを堪えるように慄然としていた。彼女は頑なに弱味を見せようとしない。 「その兄が死んだ時――その死に対して『役立たず』『無能』と烙印が押された時、私の人生は決まりました」 「……お兄さんは、それを望んでいたかな?」 ティアナを怒らせることになるかもしれない。しかし、問わずにはいられない。 なのはの言葉をティアナは意外なほど呆気なく受け入れ、疲れたように首を振った。 「分かりません」 「スバル達は、そんなティアナの生き方を心配してる」 「私は、恵まれてると思います。本当に、そう思います。だけど……」 少しずつ、ティアナの声に余裕が無くなり始めていた。 何かが沸々と腹の底から湧きあがってくる。そのワケの分からない感情のうねりが、熱となって鼻と目を刺激した。 ティアナは必至でそれを堪えようとした。 「だけど……っ」 なのははティアナの膝の上に手を伸ばして彼女の手を取った。 ここで話すのを止め、打ち明けようとした感情と言葉を全て封印しようかと考えていたティアナはその手の暖かさに背を押された。 「兄は殺されたのだという事実を、忘れられない……っ。その死が無駄だったと、悼まれもしなかったあの時の光景が忘れられないっ」 嗚咽を噛み殺し、溢れそうな涙を押し留めながら、ティアナは必死で想いを吐き出した。 「悔しいんです……っ! 兄の無念に、何でもいいから報いたい。この気持ちを時間と共に少しずつ忘れながら、のうのうと生きていくなんて耐えられない。 許すことなんて出来ない。例えこの命を賭けてでも、あたしは……誓いを果たす! 絶対に! それだけの意味があるっ!!」 「……だから、強くなりたいんだね?」 「なりたいです……強くなりたいですっ。あたしは、強く、なりたいです……<なのはさん>」 なのはは胸の詰まる思いだった。 彼女がきっと誰にも見せたくないだろう弱さに崩れた本当の素顔を隠すように胸に押し付け、抱き締める。強く。 ティアナはただ黙ってなのはの背中に手を回した。なのはも、ただ強く抱き締める以外のことが出来なかった。 経歴からティアナの力を求める理由を理解したつもりだった。 だが、所詮『つもり』だったのだ。 彼女の吐露した痛く、苦しく、その命を賭けるほど決死の意志に対して、諭す言葉など何も思い浮かんでこない。 ただ無力と共にティアナを抱き締めるしかない。 「ああ……強くしてあげるよ。ティアナ、わたしがアナタを強くしてあげる。絶対に!」 「なのは、さん……」 「でも、一つだけ約束して! 命を賭けるほどの覚悟は分かる。もう止めない。だけど、その瞬間まで……お願いだから自分の命を惜しんで。 わたしは、ティアナに死んで欲しくない。本心だよ。わたしだけじゃなく、スバルも、他の皆もティアナの幸せを願ってる。それぞれがそれぞれを想い合ってる。 その絆の中にティアナがいるっていうことを……絶対に、忘れないで」 ティアナは目に涙を溢れさせながら頷いた。 「お兄さんがアナタの心に遺したように、ティアナの死は絶対に他の誰かの心に傷を遺すから。わたしにも――」 「はい……はい……っ」 それ以上、何も言えなかった。押し寄せる感情のうねりに胸が詰まって、言葉が出てこなかった。 ただ、その時。なのはの腕に抱き締められながら、今この場で彼女以外の誰も自分を見ていないことを悟ると、ティアナは何かに許されたような気がして。 数年の時を経て、自らに泣くことを禁じていた少女は初めて、ただ――泣いた。 to be continued…> <ティアナの現時点でのステータス> アクションスタイル:ガンスリンガーLv2→ LEVEL UP! →Lv3 NEW WEAPON!<クロスミラージュ・ダガーモード> 習得スキル <ファントムブレイザー>…遠距離用精密狙撃砲。最大クラスの攻撃力だが、魔力消耗量も激しい。 <オプティックハイド>…幻術魔法の一種。短時間だが姿と気配を消すことが出来る。修練不足の為、他のスキルとの併用は不可。 <フェイクシルエット・デコイ>…本来は幻影を生み出し、操作する高位魔法。修練不足の為、自分自身の幻影を一体のみ、しかも数秒しか維持できない。用途は主に攻撃のミス誘発。 <ガンスティンガー>…銃剣タイプのダガーモードで突進し、魔力をチャージした刃を敵に突き刺す近接技。障壁貫通効果もある。 <ポイントブランク>…ガンスティンガーの後にゼロ距離でチャージショットを叩き込むクレイジーコンボ。ダメージ大。 <???>…デバイスの新モードが解禁された。技能は発展する、更なる経験とオーブを集めよ。 前へ 目次へ 次へ
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第9話「仮面の男」 「タリャアアァァァァッ!!」 「グゥ……ッ!!」 M78星雲、光の国。 その訓練場において、二人の赤い巨人が対峙していた。 真紅の若獅子ウルトラマンレオと、その師ウルトラセブン。 レオはセブン目掛けて勢いよく拳を繰り出すが、セブンはそれをタイミングよくガード。 そのまま、セブンは拳を打ち上げてレオの腕を大きく払った。 「ジュアァッ!!」 「イリャァァッ!!」 そのまま、がら空きになったレオの胴目掛けてセブンが蹴りを繰り出す。 だが、レオは素早く膝と肘を動かし、その一撃を受け止めた。 攻防一体の技術、蹴り足挟み殺し。 セブンの足に激痛が走る……しかしセブンは、ここで引かなかった。 強引に足を捻って技から脱出し、そのままレオの喉求目掛けラリアットをかましにいったのだ。 しかし、レオは大きく体を反らしてこの一撃を回避。 そのままオーバーヘッドキックの要領で、セブンの肩に一撃を入れた。 「ジュアッ!?」 とっさにセブンは、後ろに振り返りレオに仕掛けようとする。 だが、振り向いた時には……レオの拳が、セブンの目の前にあった。 勝負はついた……レオは拳を下ろす。 セブンは首を横に振り、溜息をついた。 「参った……やっぱり格闘戦になると、お前の方がもう俺より上だな。」 「ありがとうございます、隊長。 でも、途中で俺も危ないところがあったし……」 「おいおい……隊長はもうやめろと言っただろう?」 「あ……はい、セブン兄さん。」 一切の光線技や超能力を使わない、格闘戦のみによる組み手。 勝負は、レオの勝利に終わった。 こと格闘戦において、今やレオは、光の国でも最強レベルの戦士の一人になる。 しかしそれも、全てはセブンがいたからこそである。 レオはかつて地球防衛の任務に就いた際、セブンから戦う術を教わったのだ。 当時のレオは、光線技を殆ど使えなかった為に、格闘技術をとことん磨かされていた。 時には、「死ぬのではないか」と言いたくなる程の、とてつもなく辛い特訓もあった。 だがそれも……地球防衛の為に、やむを得ずのことであった。 セブンはその時、ある怪獣との戦いが原因で、戦う力を失ってしまっていたのだ。 その為、まだ未熟であったレオを一人前にする事で地球を守ろうと、あえて心を鬼にして接していたのである。 そしてその末、今やウルトラ兄弟の一人となるほどにまで、レオは成長を遂げたのだ。 ちなみにレオがセブンの事を隊長と呼ぶのは、その時の名残である。 「でも、光線技やアイスラッガーを使われたら、どうなっていたか……」 「はは……じゃあ、今日はこれまでだな。 後少ししたら、交代の時間だ……それまで体を休めておけ」 「はい。」 光の国では今、二人一組によるメビウスの捜索が行われていた。 もうしばらくしたら、セブンとレオは前の組との交代時間である。 それまで体を休めるべく、二人は一息つこうとした。 だが……そんな時だった。 訓練場の上空へと、文字―――ウルトラサインが出現したのだ。 「ウルトラサイン……ゾフィー兄さんからのメッセージだ!!」 「『メビウスかららしきウルトラサインを、見つけることが出来た』……!!」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「ちょ、やめろ!! アリア、何とかしてくれ~!!」 時空管理局本局。 クロノとエイミィは、ユーノを連れてある人物の元を訪れていた。 クロノに魔術の基礎を叩き込んだ師匠、リーゼ=ロッテとリーゼ=アリアの二人。 この二人は、グレアムの使い魔でもある。 久々の再会という事で、ロッテはクロノにじゃれ付いている訳で、エイミィ達はそれを面白そうに眺めている。 クロノからすれば、はっきり言って迷惑この上ないのだが。 「……なんで、こんなのが僕の師匠なんだ。」 「あはは……それで、今日の用事はなんなの? 美味しそうなネズミっ子まで連れてきて……」 「っ!?」 身の危険を感じ、ユーノが顔を強張らせた。 リーゼ姉妹は、ネコを素体として作られた使い魔。 フェレットモードのユーノからすれば、天敵とも言える存在なのだ。 人間状態である今は、何の問題も無いが……万が一動物形態へと姿を変えたら、どうなる事やら。 「闇の書の事はお父様からもう聞いてるけど、やっぱりそれ関連?」 「ああ……二人は、駐屯地方面には出てこれないか?」 「私達にも、仕事があるからね。 そっちに出ずっぱりって訳にはいかないよ。」 「分かった……いや、無理ならそれはそれでいいんだ。 今回の用件は、彼だからな。」 「?」 「ユーノの、無限書庫での捜索を手伝ってやってくれないか?」 「無限書庫……?」 「今から、早速頼みたいんだ。 ユーノを案内してやってくれ。」 「うん、そういう事ならいいけど……」 「ユーノ君、二人についていって。」 ユーノはロッテとアリアの二人に連れられ、無限書庫へと向かう。 無限書庫とは、様々な次元世界の、あらゆる書籍が治められた大型データベース。 幾つもの世界の歴史が詰まった、言うなれば世界の記録が収められた場所。 まさしく、名が示すとおり無限の書庫である。 しかし……文献の殆どは未整理のままであり、局員がここで調べ物をする際には、数十人単位で動かなければならない。 必要な情報を一つ見つけるだけでも、とてつもない作業になるのだ。 ユーノはそこへと足を踏み入れた時、正直度肝を抜かれたものの、すぐに冷静さを取り戻す。 クロノが自分に頼むといった理由が、これでやっと分かったからだ。 「成る程、確かに僕向けだね……」 ユーノは術を発動させ、とりあえず手近な本を十冊ほど取り出す。 複数の文章を一度に同時に読む、スクライア一族特有の魔術の一つ。 これを駆使すれば、大幅に調査時間を短縮する事が可能である。 その術を目にし、ロッテとアリアは感嘆の溜息を漏らした。 「へぇ~、器用だね……それで中身が分かるんだ。」 「ええ、まあ……あの、一つ聞いてもいいですか?」 「ん、何かな?」 「……リーゼさん達は、前回の闇の書事件の事、見てるんですよね?」 「あ……うん。 ほんの、11年前の事だからね。」 ユーノは、前回の闇の書事件について詳しく知ってるであろう、二人に尋ねてみた。 闇の書の情報を集める上で、この話はどうしても聞いておきたかった。 ただ……クロノ達には、それを聞けない理由があった。 先日、局員の一人から聞いてしまったのだが…… 「……本当なんですか? クロノのお父さんが、亡くなったって……」 「……本当だよ。 私達は、父様と一緒だったから……近くで見てたんだ。 封印した筈の闇の書を護送していた、クライド君が……あ、クロノのお父さんね。 ……クライド君が、護送艦と一緒に沈んでくとこ……」 「……すみません。」 「ああ、気にしないで。 そういうつもりで聞いたんじゃないってのは、分かってるから。」 やはり、悪い事を聞いてしまった。 これ以上、辛い過去を思い出させるわけにはいかないと思い、ユーノは話を打ち切った。 すると、その時だった。 ユーノはある本のあるページを見て、ふと動きを止めた。 「え……?」 「ユーノ君、どうしたの?」 「まさか……これって……!!」 術を中断し、ユーノは直接本を手に取った。 そこに記載されていたのは、ある世界の太古の記録。 光の勢力と闇の勢力との戦いの記録だった。 こういった戦い自体は、多くの次元世界の歴史中にもある為、なんて事は無かった。 だが……問題は、その本の挿絵にあった。 挿絵に描かれている戦士の姿……それは、紛れも無くあの戦士と同じものであった。 「どうして、ウルトラマンダイナが……!?」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「たっだいま~」 「おかえりなさ~い。」 それから、しばらくした後。 まだ本局で用事のあるクロノを残して、エイミィは一人ハラオウン家へと帰宅した。 ちなみにリンディも、別件で先程本局へと出向いた為、不在である。 エイミィは帰り際に近所のスーパーで買い物を済ませていたようであり、その手には買い物袋があった。 フェイトとミライ、それに遊びに来ていたなのはの三人で、早速冷蔵庫に食品を入れ始める。 「艦長、もう本局に出かけちゃった?」 「うん、アースラの追加武装が決定したから、試験運用だってさ。」 「武装っていうと……アルカンシェルか。 あんな物騒なの、最後まで使わなければいいけど……」 「クロノ君もいないし、それまでエイミィさんが指揮代行ですよね。」 「責任重大よね~……」 「ま、緊急事態なんて早々起こったりは……」 その時だった。 ハラオウン家全体に、緊急事態を告げる警報音が鳴り響いた。 エイミィの動きが止まり、その手のカボチャがゴロリと床に落ちる。 言った側からこんな事になるなんて、思いもよらなかった。 すぐにエイミィはモニターを開き、事態の確認に移る。 そこに映し出されたのは、ヴォルケンリッターの二人……シグナムとザフィーラ。 「文化レベルはゼロ、人間は住んでない砂漠の世界だね…… 結界を張れる局員の集合まで、最低45分はかかるか……まずいな……」 「……フェイト。」 「うん……エイミィ、私とアルフで行く。」 「そうだね……それがベストだね。 なのはちゃんとミライ君はここで待機、何かあったらすぐ出れるようにお願い。」 「はい!!」 フェイトは早速自室へと戻り、予備のカートリッジを手に取る。 アルフがザフィーラの相手をする以上、シグナムとの完全な一騎打ちになる。 先日の戦いでは、超獣の乱入という事態の為に勝負はつけられなかった。 今度こそ、シグナムに勝利する……フェイトは強く、バルディッシュを握り締めた。 「いこう……バルディッシュ。」 『Yes sir』 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「くっ……!!」 その頃。 二手に分かれ単独行動に移ったシグナムは、現地の巨大生物を相手に苦戦を強いられていた。 先日現れたベロクロンよりも、その全長はさらに巨大。 シグナムは一気に片を付けようと、カートリッジをロードしようとする。 だが、その直後……背後から、十数本もの触手が一斉に出現した。 まさかの奇襲に反応しきれず、シグナムはその身を絡み取られてしまう。 「しまった!!」 何とかして逃れられないかと、シグナムは全身に力を込める。 だが、力が強く振りほどく事が出来ない。 そんな彼女を飲み込もうと、巨大生物は大きく口を開けて迫ってきた。 ザフィーラに助けを求めるにも、今は距離が離れすぎている。 こうなれば、体内からの爆破しかないか……そう思い、覚悟を決めた、その矢先だった。 『Thunder Blade』 「!!」 上空から、怪物へと光り輝く無数の剣が降り注いだ。 とっさにシグナムが空を仰ぐと、そこにはフェイトの姿があった。 フェイトはそのまま、剣に込められた魔力を一気に開放。 剣は次々に爆発していき、怪物を一気に吹き飛ばした。 触手による拘束も解け、シグナムは自由になる。 『ちょっとフェイトちゃん、助けてどうするの!!』 「あ……」 「……礼は言わんぞ、テスタロッサ。 蒐集対象を一つ、潰されたんだからな……」 「すみません、悪い人の邪魔をするのが私達のお仕事ですから……」 「ふっ……そうか。 そういえば悪人だったな、私達は……預けておいた決着は、出来るならもうしばらく先にしておきたかった。 だが、速度はお前の方が上だ……逃げられないのなら、戦うしかないな。」 「はい……私も、そのつもりで来ました。」 空から降り、二人が地に足を着ける。 シグナムはポケットからカートリッジを取り出し、怪物との戦いで失った分を補充し、構えを取った。 それに合わせて、フェイトもバルディッシュを構える。 しばしの間、二人の間に静寂が流れる……そして。 「ハァッ!!」 「うおおぉぉっ!!」 勢いよくフェイトが飛び出し、それに合わせてシグナムも動いた。 二人のデバイスがぶつかり合い、火花を散らす。 すぐさまフェイトは一歩後ろに下がり、再び一閃。 シグナムも同様に、カウンター気味の一撃を放つ。 直後、とっさに障壁が展開されて互いの攻撃を防ぎきった。 「レヴァンティン!!」 「バルディッシュ!!」 『Schlange form』 『Haken form』 二人はそのまま間合いを離すと、カートリッジをロードしてデバイスの形態を変えた。 フェイトは大鎌のハーケンフォームに、シグナムは蛇腹剣のシュランゲフォームに。 シグナムは勢いよく腕を振り上げ、レヴァンティンの切っ先でフェイトを狙う。 フェイトはそれを回避すると、ハーケンセイバーの体勢を取って静止。 その間に、レヴァンティンの刃が彼女の周囲を包囲する。 しかし、フェイトは動じることなくシグナムを見据え……勢いよく、バルディッシュを振り下ろした。 「ハーケン……セイバー!!」 「くっ!!」 光の刃が一直線に、シグナムへ迫ってゆく。 シグナムはとっさにレヴァンティンの刃を戻し、その一撃を切り払う。 その影響で、フェイトのいた場所が一気に切り刻まれ、凄まじい砂煙が巻き起こった。 だがその中から、三日月状の影―――二発目のハーケンセイバーが、その姿を見せてきた。 一発目との間隔が短すぎる為に、切り払う事は出来ない。 すぐにシグナムは、上空へと飛び上がる……が。 「ハァァァァッ!!」 「何っ!?」 上空には、既にフェイトが回り込んでいた。 バルディッシュの刃を、シグナム目掛けて勢いよく振り下ろしてくる。 だが、シグナムはこの奇襲を思わぬ物を使って回避した。 それは、レヴァンティンの鞘。 彼女にとっては、鞘もまた立派な武具だった。 これは流石に予想外だったらしく、フェイトも驚かざるをえない。 その一瞬の隙を突き、シグナムはフェイトを蹴り飛ばした。 だが、フェイトも一歩も引かない。 落下しながらも、カートリッジをロード……バルディッシュの矛先を、シグナムへと向ける。 『Plasma lancer』 「!!」 光の槍が放たれ、シグナムへと真っ直ぐに迫る。 彼女はとっさに剣を通常形態へと戻し、鞘とそれとを交差させる形で防御。 一方フェイトも、着地と同時にバルディッシュを通常形態へと変形させた。 両者がカートリッジをロードさせる。 フェイトが前方へと魔方陣を展開し、魔力を集中させる。 シグナムがレヴァンティンを鞘に収め、魔力を集中させる。 「プラズマ……!!」 「飛龍……!!」 「スマッシャアアァァァァァッ!!」 「一閃っ!!」 膨大な量の魔力が、同時に放たれた。 その威力は、完全な互角。 両者の一撃は真正面から真っ直ぐにぶつかり合い、そして強烈な爆発を巻き起こした。 それと同時に、二人が跳躍する。 「ハアアァァァァッ!!」 「ウアアアアアァァァァァッ!!」 空中で、バルディッシュとレヴァンティンがぶつかり合った。 雷光の魔道師と烈火の将。 二人の実力は伯仲……完全な五分と五分だった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「ヴィータちゃん……やっぱり、お話聞かせてもらうわけにはいかない? もしかしたらだけど……手伝える事、あるかもしれないよ?」 丁度、その頃。 別の異世界では、なのはとヴィータが対峙していた。 フェイトが向かって間も無く、ヴィータがこの世界に出現した為、なのはが向かったのだ。 なのはは今、ヴィータと話が出来ないかと思い、相談できないかと持ち掛けていた。 だが、ヴィータはそれを受け入れようとしない。 「五月蝿ぇ!! 管理局の言う事なんか、信用出来るか!!」 「大丈夫、私は管理局の人じゃないもの。 民間協力者だから。」 (……闇の書の蒐集は、一人につき一回。 こいつを倒しても、意味はない……カートリッジも残りの数考えると、無駄遣いできねぇし……) 「ヴィータちゃん……」 「……ぶっ倒すのは、また今度だ!!」 「!?」 「吼えろ、グラーフアイゼン!!」 『Eisengeheul』 ヴィータは魔力を圧縮して砲丸状にし、それにグラーフアイゼンを叩きつけた。 直後、強烈な閃光と爆音がなのはに襲い掛かった。 足止めが目的の、言うなれば魔力で作ったスタングレネード。 効果は十分に発揮され、なのはの動きを止める事に成功する。 その隙を狙い、ヴィータはその場から急速離脱する。 「ヴィータちゃん!!」 『Master』 「うん……!!」 レイジングハートが、砲撃仕様状態へと姿を変化させる。 なのははその矛先を、ヴィータへと向けた。 一方のヴィータはというと、かなりの距離を離した為か、流石に余裕があった。 この距離からならば、攻撃は届かないだろう。 そう思っていた……が。 「え……!?」 『Buster mode, Drive ignition』 「いくよ、久しぶりの長距離砲撃……!!」 『Load cartridge』 「まさか……撃つのか!? あんな、遠くから……!!」 『Divine buster Extension』 「ディバイイィィィン……バスタアァァァァァァァッ!!」 「っ!?」 絶対に届く筈が無い。 そんな距離から、あろうことかなのはは撃ってきたのだ。 そして彼女の照準には、寸分の狂いも無い。 放たれた桜色の光は、まっすぐにヴィータへと向かい……直撃した。 ズガアアァァァァァン……!! 「あ……」 『直撃ですね。』 「……ちょっと、やりすぎた?」 『いいんじゃないでしょうか。』 思ったよりも威力が出てしまっていた事に、なのはも少し驚いた。 まあレイジングハートの言うとおり、非殺傷設定にはしてあるから、大丈夫ではあるだろう。 少し悪い気はするが、これでヴィータが気でも失っていたら、連れ帰るまでである。 数秒後、徐々に爆煙が晴れていくが……その中にあった影は、一人ではなかった。 「あれは……!!」 「……」 ディバインバスターは、ヴィータには命中していなかった。 先日クロノと対峙していた、あの仮面の男が姿を現れていたのだ。 仮面の男は障壁を張って、直撃からヴィータを守っていた。 なのはもヴィータも、呆然として仮面の男を見るしかなかった。 「あ、あんたは……」 「……行け。」 「え……?」 「闇の書を、完成させろ……」 「!!」 仮面の男の言葉を受け、ヴィータがこの世界から離脱しようとする。 とっさになのはは、二発目の長距離砲撃に入ろうとする。 だが、それよりも早く仮面の男が術を発動させた。 この距離からの発動は、通常ならばありえない魔法―――バインド。 光が、なのはの肉体を拘束する。 「バインド……こんな距離から!?」 『Master!!』 とっさになのはは魔力を集中させ、バインドの拘束を解いた。 しかし、時既に遅し……その場には、ヴィータも仮面の男も姿もなかった。 身動きを封じられた隙に、逃げられてしまったのだ。 『Sorry, master』 「ううん……私こそごめんね、レイジングハート。 エイミィさん、すぐそっちに戻りま……!?」 仕方が無い。 そう思い、帰還しようとした……その矢先だった。 突然、強烈な地震が発生したのだ。 空に浮いていた為に、なのはには一切影響は無いが…… 「地震……驚いたぁ。」 『待って、これ……なのはちゃん!! 急いで、そこから離れて!!』 「え……?」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― (ここに来て、まだ……目で追えない攻撃がきたか……!! 早めに決めないと、まずいな……!!) (クロスレンジもミドルレンジも、圧倒されっぱなしだ……!! 今はスピードで誤魔化せてるけど、まともに喰らったら叩き潰される……!!) フェイトとシグナムの一騎打ちは、更に激化していた。 スピードで勝るフェイトと、技術で勝るシグナム。 どちらも、決め手になりえる一撃を相手に打ち込めないままでいた。 フェイトにとっては、なのはとの一騎打ち以来の激戦。 シグナムにとっては、何十年ぶりとも言える激戦。 ここまでの苦戦を強いられるのは、お互いに久々だった。 勝負をつけるには、やはり切り札を使うしかないだろうか。 (シュトゥルムファルケン、当てられるか……!!) (ソニックフォーム、使うしかないか……!!) 二人が同時に動く。 次の一撃でもなお決められなければ、もはや使うしかない。 奇しくも、二人の思いは一致していた。 しかし……この直後、思わぬ事態が起こった。 フェイトの胸を……何者かの腕が、貫いた。 「あっ……!?」 「なっ!?」 シグナムは、フェイトの背後に立つ者の姿を見て驚愕した。 その者とは、先程までヴィータと共にいたはずだった仮面の男だった。 彼がヴィータの元に現れたのは、ホンの数分ほど前の出来事。 この世界に転移するまで、最低でも十数分かかる……ありえないスピードである。 いや、この際それはどうでもいい。 今の最大の問題は、彼がフェイトに攻撃を仕掛けたという事実。 フェイトは、完全に意識を失っている。 シグナムはそれを見て、最悪の事態―――貫手によるフェイトの殺害を、考えてしまった。 「貴様!!」 「安心しろ、殺してはいない。」 「なんだって……なっ!?」 「使え。」 男の手のは、フェイトのリンカーコアが握られていた。 使えという言葉の意味は、勿論決まっている。 フェイト程の魔道師のリンカーコアを手に出来たとあれば、一気に相当数のページが埋まる。 シグナムは、こんな形での決着は望んでいなかった。 だが……自分は、はやてを救う為ならば、如何なる茨の道をも歩もうと決意したのだ。 全ては彼女の為……ならば、敢えて汚れ役となろう。 『ザフィーラ、テスタロッサのリンカーコアを摘出する事が出来た。 ヴィータも引き上げたようだし、我々もここで引くぞ。』 『心得た……テスタロッサの守護獣には?』 『ああ、テスタロッサを迎えに来るよう伝えておいてくれ。 それまでの間は……私が、彼女を見ておこう。』 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 『待って、これ……なのはちゃん!! 急いで、そこから離れて!!』 「え……?」 エイミィが、切羽詰った声でなのはに告げた。 解析してみた所、この地震はある自然災害を併発する可能性が極めて高いと出たのだ。 それは、なのは達の知る自然災害の中でも、最高クラスの危険度を持つもの。 『近くの火山が、もうすぐで噴火しちゃうの!!』 「ええっ!?」 火山の噴火。 テレビなどで何度かその光景は目にしてきたが、それが齎す被害は凄まじいものがある。 この世界には文明が存在しない為、犠牲者は出ないのがせめてもの救いだろう。 すぐになのはは、エイミィに指定された火山から離れる。 それから数十秒後……爆音を上げ、山からマグマが噴出した。 ドグオオオオォォォォン……!! 「うわっ……凄い……」 灼熱色の光が、辺り一面を照らす。 初めて目にするその光景に、なのははただただ呆然とするしかなかった。 それは、モニター越しに見ていたエイミィとミライも同じだった。 しばらくして、噴火は収まるが……その直後。 モニターからけたたましい警報音が鳴り響いた。 なのはの耳にも、それは届いている。 『これって……!!』 「エイミィさん、何があったんですか?」 『気をつけて、なのはちゃん!! 何かが、火山の下から出てこようとしてる!! これは……現地の、大型生物……!?』 「大型生物って……もしかして、この前の超獣みたいな奴……?」 その、次の瞬間だった。 山の麓から、唸りを上げてそれは出現した。 全身が蛇腹のような凸凹に覆われた、色白の怪獣。 足元から頭頂部に向かって体全体が細くなっていくという、特徴的な体躯。 ミライはその姿を見て、驚愕した。 出現したのは、かつて彼が戦った経験のある相手。 どくろ怪獣……レッドキング。 『レッドキング!? そんな、あんなのが異世界にも生息しているなんて……!!』 「ミライさん、もしかして……あの怪獣って、かなり強いんですか?」 『うん、僕も直接戦ったことがあるから分かる。 それに、兄さん達もそれなりに苦戦させられたって聞いてるし……なのはちゃん、相手にしちゃ駄目だ!!』 『見つからないうちに、早く逃げ……え!?』 「……エイミィさん、ミライさん?」 『そんな……大変、なのはちゃん!! フェイトちゃんが……!!』 「えっ!?」 エイミィとミライは、モニターに映し出された光景を見て驚愕していた。 仮面の男により、フェイトのリンカーコアが摘出されてしまった。 幾らなんでも、仮面の男の移動が早すぎる……完全に、予想外の事態だった。 すぐにエイミィは、本局へと連絡して医療スタッフの手配を要請。 その後、アルフにフェイトを救出するよう指示を出した。 「エイミィさん、フェイトちゃんは!!」 『リンカーコアをやられちゃった……!! 今、急いで本局の医療スタッフを送ってもらってる!!』 「分かりました、私もすぐそっちに……キャァッ!?」 フェイトの元へと駆けつけようとするなのはへと、無慈悲な一撃が繰り出された。 それは、レッドキングが投げつけてきた大岩だった。 不運にも、彼女はレッドキングに見つかってしまったのだ。 とっさになのはは、上空へと上昇してそれを回避する。 レッドキングはなのはを一目見るや、敵と判断してしまっていた。 その強い闘争本能に、火がついてしまっていた……最悪としかいいようがなかった。 この様子じゃ、戦う以外に無い様である。 「こんな時に限って……!!」 『なのはちゃん、僕がすぐそっちに行く!! それまで、何とか持ちこたえて!!』 「はい……分かりました!!」 敵のサイズを考えると、確かにミライが一番の適任になる。 彼の到着まで持ちこたえるか。 もしくは……彼が到着する前に、レッドキングを撃破するか。 今は、一刻も早くフェイトの元に向かいたい。 撃破とまではいかなくとも、ミライの到着までにある程度のダメージさえ与えられれば、大分楽になる。 幸いにも、消耗は殆どしていない……やれなくもない。 「いくよ……レイジングハート!!」 『Yes sir』 戻る 目次へ 次へ
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最近、考え込むことが多くなった。 ――あたしは、何を目指しているのだろう? こんな風に考える切欠は何時だったか。 訓練校に入った時? そこを卒業した時? それとも、Bランク魔導師の試験に合格した時? 違う。 <機動六課>に入隊した時だ。 そこから、自分の人生は大きく動き始めた。 一歩一歩の小さな歩みが、途端に大きく足を跳ね上げ、追い風に乗って走り始めた。 遠く仰いでいた『何が』見え始める。 だからだろうか? 自分の行き着く先を、とりとめもなく考える時間が増えた。 決まっている。決まっている筈だ。 漠然とした目的で、凡人の自分がここまで辿り着けるはずがない。 苦しみに膝を着き、悔しさで地を這った時、自分を支えたのは不変の誓いだった。 受け継いだこの<弾丸>で、兄の目指した正義を貫き通す。 その為の手段は明白で、目指すべき頂もハッキリと見えていた。 しかし、実際にその道を走って気付く――。 自分の行く道には、どうしようもなく多くのものが転がっているという事実に。 それは障害であり、足を引っ張るものであり、煩わしいものであり――また同時に、支え、導き、癒してくれるものでもあった。 それらに触れながら、時には抱えながら、少しずつ自分の荷物を増やしながら走っていく。 重くなどない。むしろ――。 「――ィアナさん。あの、ティアナさん?」 「え?」 我に返ったティアナの視界にキャロの心配そうな顔が映った。 物思いに耽っていたらしい自分の信じられない気の抜きようを戒めると、それを表には出さず周囲を見回す。 木々が並ぶ見慣れた訓練場の風景が目に入り、ティアナは自分の状態を冷静に理解した。 「ごめん、ボーっとしてたわ」 「ティアがボーっとするなんて、相当のことじゃない? やっぱり疲れが溜まってるんだよ」 自分と同じ分量の自主練習をこなしながらも、こちらはますますエンジンが掛かっているような高揚した様子の傍らでスバルがパートナーを案ずる。 「違うわよ、フォーメーションを考えてたの。アンタが物を考えないからあたしが脳みそ酷使することになるんでしょうが」 「ひどっ! まるでアホの子みたいに言わないでよ!」 「違うの?」 「何、その心底不思議そうな顔!」 「もしもし、入ってますか? ナカジマさん、お留守ですか?」 「痛っ! 痛い、やめてたたかないでノックしないでっ!」 叩くとコンコンいい音を立てる頭の中身を割りと本気で心配しながら、ティアナはスバルの追及をかわせたことに安堵していた。 無理をしているのは自覚済みだ。 他人の心配事となると勘の良いこの相棒には、あまり踏み込んで欲しくなかった。 彼女の好意が煩わしいなどとは思わない。 ただ、他人事の薄い言葉だと思えるほど、自分はスバルに心を許していないわけではないのだ。 その時ふと、ティアナはつい先ほどまで考えていたことを思い出した。 道を進む上で巡り合った、他人との数奇な出会い。 スバルと、そしてエリオやキャロ。高町教導官を始めとした、多くの先達たち……。 「ティ、ティアナさん……よろしかったら、その……これ」 弱弱しく差し出されたドリンクのボトルを一瞥し、ティアナはそれを持つ少女の小さな手を辿った。 ロクに相手の顔も見れないほどの緊張で真っ赤に染まり、それでも拒絶される恐れと純粋な好意でドリンクを渡そうとする健気な姿がある。 ティアナは時折見る、キャロのそういった人と関わろうとするささやかな勇気を微笑ましく思い、笑顔でボトルを受け取った。 「ありがとう。喉渇いてたのよ――ゲブォハッ!?」 スバルに言わせれば『デレ』であるらしい貴重な笑顔でボトルを煽り、次の瞬間ティアナは奇怪な声と共に口と鼻の穴からドリンクを逆流させた。 史上最悪の毒を含んでもこうはならないという凄惨な姿でのた打ち回り、スバルとエリオは硬直し、それを成した張本人のキャロは自らのへの恐怖で小さな悲鳴を上げた。 「ティアァァァーーー!? どうしたの、何が起こったの!?」 「……何コレッ!?」 鼻から奇妙な液体を垂れ流したティアナは鬼気迫る形相でキャロに食って掛かった。 その異様な迫力に哀れな少女は危ういところで失禁するところであった。 「ス、スポーツドリンクですぅ……オリジナルブレンドの」 「セメントでもブレンドしたっての!?」 「よく分からないですぅぅっ! シャーリーさんに教わったまま混ぜて……っ」 あのマッドメガネめ、スケボーのように隊舎内を引き回してやる! 罪の無い無垢な少女から確信犯へと怒りの矛先を転換させたティアナは強く誓った。 「あの……ごめんなさい。ティアナさん、疲れてるみたいだから、栄養が付く物をってわたしが頼んで……」 必死に言い繕うキャロの表情には涙と、自分の為したことへの深い後悔が滲み出ていた。 頭を抱えたくなるような理不尽な気持ちがティアナの心に湧き上がる。 何処か他人から一歩退いていようとする少女の歩み寄りを、自分は拒絶してしまったのだ。そこにやむを得ぬ事情があるにせよ。 ああ、畜生。やってらんない。そんな悪態を吐きながら、体は勝手に動く。 キャロの抱えるボトルを奪い取ると、その凶悪な中身を一気に喉の奥へ流し込んだ。 「ティア、死ぬ気!?」 「無茶ですよ!」 「ああっ、ダメです……っ!」 周囲が口々に止める中、ティアナは不屈の精神でその粘液を飲み干した。 「……キャロ」 「は、はい!」 「クソ不味いわ」 呻くように吐き捨てると、ティアナは空になったボトルをキャロに渡した。 「次は、普通のドリンクを頼むわね」 「……はいっ!」 そっぽを向いて投げ捨てられたティアナの言葉の意味を理解し、キャロは満面の笑顔で頷いた。 様子を見守っていたスバルとエリオの顔にも自然を笑みが湧いてくる。 それから、気分の悪さとは裏腹に体調は異常なほど回復したのは決してあの呪いのドリンクの効能などではなく偶然だと思いたい。 気が付けば暖かなものに囲まれていた。 同じ志を胸に宿す仲間達。 目指すべき指針となって、行く先の空を飛ぶ英雄。 この背を預ける唯一の相棒。 そして――。 『―――がんばれよ。お前ならやれるさ』 この出会いの数々はある種の幸運であると、認められる。 多くの大切なものに自分は恵まれているのだ。 ――だが、そうした優しい日々の中でも決して忘れられない過去があった。 兄は死んだ。 両脚と左腕を失い、酷く綺麗な死に顔が現実感を与えてはくれなかった。 残された右腕にはデバイスが握り締められていたらしい。最後までトリガーを引き続けて。 決して無くならない現実がある。 兄が命を賭して放った弾丸は届かず、撃たれるべき者が今まだこの世界でのうのうと生き続けているという現実が。 過去と未来。 どちらを優先させるべきか。 答えなど出ない。きっと誰にも。 ただ考えるのだ。 この満ち足りていく日々の先で、夢を叶え、頼れる仲間と共に自らの信じる正義を成し、いずれ兄の仇を正当な裁きの下で打ち倒す――そんな理想の傍らで、否定に首を振る自分がいる。 それも一つの選択なのかもしれない。 でも、ダメだ。 どうしても出来ない。 穏やかで優しい日々の中、まるでぬるま湯に浸かる自分を戒めるように脳裏を過ぎる兄の死を、ゆるやかに忘却していく事など。 それは愚かしいのかもしれない。過去に捕らわれているのかもしれない。 だけど。 ただ一つ。報われるものが欲しい。 『無能』『役立たず』と罵られ、その死を悼まれることも無く死んでいった兄の魂に捧げられる何かが欲しい。 その為ならば、仲間よりも、幸福よりも――これから続く優しい日々よりも。 ただ一発の<弾丸>が欲しい。 全てを貫く魔の弾丸が欲しい。 どちらの道が正しいかなど分からない。 ただ、どちらが幸福かは明白だ。 それでも尚、考え続ける。 そして今、一つの答えが出ようとしている――。 魔法少女リリカルなのはStylish 第十六話『Shooting Star』 実出動僅か2回の新人魔導師と前線に立ち続け多くの新人を導いてきたベテラン魔導師。 Bランクにされて間もない飛行魔法未修得の陸戦魔導師とリミッター付きとはいえ実質S+ランクの空戦魔導師。 その二人が戦えばどうなるか? 予測など容易い。決着は火を見るより明らかであった。 少なくとも、その戦いを見守るほぼ全ての者達が予見していた。 ――しかし。では、この緊迫感は一体何だ? 誰もが固唾を呑んでいた。 空気が張り詰め、ピリピリと乾燥している。 戦闘の意志を明確にしたなのはとティアナの対峙に、全ての物事が息を潜めている。 緊張の糸は緩まず、切れもせず、ただギリギリのところでピンと張り詰めていた。 それは、この二人の拮抗を意味するのではないか。 『結果は見えている。しかし――』 誰もが予想し、しかし心の片隅でそれを疑う気持ちを抑えることが出来なかった。 「――いくよ、ティアナ!」 静かな対峙をなのはの宣告が崩した。 油断を戒めるような緊張感がなのはに全力で戦うことを忠告していた。そして、だからこそ確実な手段を取る。 先制攻撃として<ディバイン・シューター>の魔法を瞬時に展開した。まずは様子見だ。 <ウィングロード>の限定的な足場で、飛行能力を持たないティアナには誘導性を持ったこの攻撃さえも脅威となる。 油断ではない。が、上手くすれば一瞬でカタが付く。なのははそう思っていた。 なのはの周囲に桃色の光弾が幾つも形成される。 そして――次の瞬間<銃声>と共にそれら全てが弾け飛んだ。 「な……っ?」 なのはの驚愕は、状況を見る者全ての心を代弁していた。 形成とほぼ同時に他の魔力との衝突で相殺されたスフィア。桃色の残滓が空しく周囲を散っている。 なのはは、それを成したティアナの姿を凝視した。 突きつけられた二つの銃口から薄い白煙を上げ、不敵な笑みを浮かべる彼女の姿を。 「撃ち落とされたの!?」 《Positive.》 レイジングハートが無機質に肯定した。 ほぼ全ての射撃魔法に言えることだが、発射には『魔力を集束しスフィアを形成して放つ』という過程が存在する。誘導という術式を付加するならば尚更だ。 ティアナはその一瞬のタイムラグを突いたのだった。どんなに強大な力でも発生の瞬間は小さな点である。 「訓練で嫌と言うほど味わいましたから。高町教導官の誘導弾は、一度放たれれば飛べない私にとって脅威です」 しかし、その一瞬を見極め、正確に行動出来るかと問われればやはり疑わざるを得ない。 「だから、撃たせない」 目の前の現象が、ティアナの言葉のまま簡単な話でないことはなのはにも理解出来た。 可能にした要素は幾つか在る。 ティアナの魔力弾は魔導師の中に在って異質だ。どんな射撃魔法よりも弾が速い。 誘導性を一切捨て、過剰圧縮による反発作用を加えた実弾並の弾速を誇るティアナの魔力弾だからこそ、相手の行動に反応してから撃ってもなお先手を取れたのだ。 だが、数も出現位置もランダムな標的にそれを全て命中させたのはティアナ自身の磨き上げた腕前に他ならない。 それは魔導師ならば――どんな射撃魔法にも命中率に多少なりとも弾道操作による補正を入れている、なのはですら及ばない射撃能力だった。 その力に戦慄し、同時になのははそんなティアナを想う。 何故、その自分の力を誇ってくれないのか。 「溜めのある魔法は命取りだと忠告しておきます!」 駄目押しのように告げ、ティアナは魔力弾を発射した。 実弾に匹敵する弾速を人間の動体視力で捉えられるはずもない。魔力反応、銃口の向きによる弾道予測、反射神経、全てを使ってなのははそれを回避した。 防御ではなく回避。咄嗟の判断だったが意味はあった。あのまま場に留まって射撃の応酬をしていれば、近くにいたスバルを巻き込んでいただろう。 今のティアナは他人を配慮する余裕や甘さなど持ち合わせていない。あの<悪魔>を撃った時のように。 なのはは<ウィングロード>の足場から飛び出し、そのまま飛行してティアナの死角に回り込みながら狙い撃つ。 チャージ時間を短縮した<ショートバスター> さすがにそれを止める猶予は無かった。 しかし、ある程度威力を犠牲にしてなお脅威的なその砲撃を、ティアナは半身を反らした紙一重の動きで避けた。 髪を掠めて肌のすぐ傍を圧倒的な魔力の奔流が走り抜けていく。その瞬間に瞬き一つせず、表情はただ不敵に笑うだけ。 「――狙いが甘いですよ、教導官」 カウンターのようにティアナの魔力弾が放たれた。 威力も魔力量も遥かに劣る、しかしただひたすら硬く速い弾丸が、飛行するなのはの機動予測地点へ正確に飛来した。 成す術も無く肩に命中し、走り抜ける痛みと衝撃になのはは小さく呻いた。 なのはのバリアジャケットは長時間の展開を目的とした軽量の<アグレッサーモード>を取っているが、それでも魔力に底上げされた基本防御力は一般魔導師のそれを上回る。 その防御が砕かれていた。 直撃を受けた肩の部分が破れている。一見すると布のようだが、付加された特性を考えればそれは鎧を撃ち砕いたに等しい。 訓練の時とは違う。手加減も配慮も無い。 明確な意思と決意の下の戦いで、鉄壁の防御を誇る高町なのはが受けた久方ぶりのダメージであった。 「命中率を誘導性に頼りすぎです」 「……やるね」 ある種の快挙ですらあるその結果を誇りもせず、ティアナは油断無く銃口を突きつけたまま皮肉げに言った。 それが挑発であることは分かっている。しかし、なのはは悔しげに笑わずにはいられない。 油断しないと言いながら、心の何処かでタカを括っていたのだ。自分は有利だ、と。 そんな自分を嘲笑う。 そして認めた。 もはや目の前の少女は、完全に<敵>である、と。 自らも工夫し、力と技を駆使して打ち倒さなければならない相手なのだ、と。 そうでなければ、何を言ったって自分の言葉は彼女の決意を1ミリも動かせやしない。 「教導官の強さは認めますが、アナタの認識だけで何もかも測れると思わないことです。だからアナタのこれまでの訓練は……」 「ティアナ、今回はよく喋るね」 更に挑発を続けるティアナに対して、なのははむしろ嬉しそうでもあった。 「普段も、それくらい気安く話しかけてくれてよかったのに」 「……黙れ」 感情が露わになる前に冷徹な仮面を被り直し、ティアナは無慈悲な射撃を開始した。 《Accel Fin》 急加速。 初弾を回避した瞬間、移動先を読んだ第二射が正確無比に飛来する。 なのはは咄嗟にラウンドシールドを展開してこれを防ぐ。 更に数発の弾丸が障壁を叩いたが、さすがにその防御を貫くことは出来なかった。 やはり高町なのはの防御力は鉄壁。本気で守りに回れば、ティアナの攻撃力では突破出来ない。 その事実にティアナは舌打ちし、同時にすぐさま思考を切り替えて両腕に魔力を集束し始めた。 自分の射撃は一度なのはの障壁を抜いている。要は状況とタイミングだ。必ず一撃を通せる瞬間がある。それを捉える。 戦意を衰えず、むしろ集中力を高めるティアナの前でなのはがシールドを解除した。 もちろん撃たない。これは隙ではない。必ず何らかの意図がある。 その予想に従うように、なのはがレイジングハートをティアナに突き付けた。 「今度はこっちからいくよ」 当たるか。 直線射撃なら回避、誘導弾なら迎撃。いずれの行動にも瞬時に移れるようティアナは身構える。 そんな万全の態勢を前にして、今度はなのはが不敵に笑う番だった。 「――フェイントだけどね!」 《Accel Shooter》 目を見開くティアナの視界で三条の閃光が空を走った。 「何っ!?」 タイムラグ無しに<ディバイン・シューター>より更にチャージ時間を必要とする<アクセル・シューター>を放ったという事実。 集中して見ていたが、狙うべき魔力スフィアの形成は確認されなかった。 驚くティアナを尻目に、なのはの『背後』から鳳仙花の種のように飛び散った三つの魔力弾が空中で軌道を変更し、標的目掛けて一斉に襲い掛かった。 手遅れだと思いながらもティアナは答えを知る。 なのははシールドで防御した際、障壁の輝きで視認を妨害しながら、更に自らの背後で魔力を練り上げていたのだ。攻撃の前動作を隠し、同時に射線を体で遮れるように。 今更もう遅い。恐るべき誘導性を持つ魔法は放たれてしまった。 回避が不可能ならば、スバルのような機動性も持たない自分が逃げ切ることもやはり不可能。 クロスミラージュが自らの判断でシールドを展開し、そうと意図せず両腕に集束していた魔力を防御力の後押しとする。 「うわぁっ!」 シールドが魔力弾を受け止める。 しかし、カートリッジの魔力増加無しにしてもその威力は凄まじかった。 一発目がシールドごとティアナの体を揺るがし、二発目が盾に亀裂を入れ、三発目がついに砕く。 互いに相殺し合う形であったが、反動でティアナの体は<ウィングロード>から弾き出された。 咄嗟にアンカーを撃ち出し、頭上に走る別の足場まで移動する。 その間、致命的な隙でありながら、なのはは追撃を行わなかった。 それは、ティアナが最初の攻撃でスフィアを撃ち抜いた後、一瞬無防備になったなのはをそのまま撃たなかった理由と全く同じである。 「――視野を広く持つように、って教えたよね?」 睨み付けるティアナの感情的な視線を戒めるように、なのはは言った。 「一歩退いて、相手を観察することも重要だよ。魔力の動きにも気をつけて。ティアナは五感を鍛えてる分、その辺の感性が鈍いよ」 「う、うるさいっ!」 仮面が剥がれ落ち、苛立ちとそれに隠れた羞恥がティアナの顔に浮き彫りになる。 意外と激情家なんだな。やっぱりヴィータちゃんと気が合いそう。 クールな少女の新しい発見に、場違いな感心と納得を抱きながら、それを心の片隅へ追いやって、なのはは更なる戦闘の為に行動を開始した。 「お話――聞かせてっ!」 「驚いたな……。ティアナ、なのはとしっかり渡り合ってるよ」 ビルの屋上でキャロ達と共に上空の様子を見上げていたフェイトは思わず呟いていた。 思う事は多い。 二人の戦闘までの経緯はしっかり聞き及んでいた。ティアナの言い分も分かるが、なのはの普段の苦労を知る側としてはその意思を汲んで欲しいというのが本音だ。 だが今は、そんなどちらが正しいとか味方するとかいう話は置き、ただ純粋に感心せざる得ない。 ティアナの意志は、なのはの意志に決して劣らない。 彼女にはそれほどまでに強い決意があるのだった。 それ故にぶつかり合わねばならないという現実が、どうしようもなくやるせないものではあるのだが。 「……フェイトさんは、どっちが勝つと思いますか?」 フェイトの漏らした呟きを聞いたエリオが躊躇いがちに尋ねた。 「それは、どっちに勝って欲しいって聞きたいんじゃないかな?」 「……そうかも、しれません」 「エリオはどう?」 「ボクは……ティアナさんを、応援したいです」 意外にも、エリオはフェイトの眼を真っ直ぐに見返して明確な答えを告げた。 保護者であり恩師であるフェイトに対して、何処か一歩退くような遠慮を見せるエリオには珍しい我を貫く姿勢だった。 「勝てば、ティアナさんはきっと孤独になります。スバルさんに言ったことは本心じゃないって信じてますけど、でも望んだ結果だとは思います。 でも……それでもティアナさんが自分の目標の為にそれを本当に望むなら、ボクはそれを叶えて欲しい。 その上で、例えティアナさんが独りを望んでも、ボクが勝手について行くだけですから。あの人が、未熟なボク達を信じて、導いてくれたように」 「そっか……」 そのことにショックなど受けない。むしろ嬉しく思う。 エリオにも、そうして貫くべき意志と守るべき大切なものが見つかったのだ。 自分にとってなのはと過ごした10年がそうであるように、エリオにとってティアナや他の仲間と乗り越えた苦楽こそ、月日の長さを超えた大切な経験なのだろう。 人との付き合い方はそれぞれ違う。 確かに、自分やなのははティアナのことをエリオ達に比べて知らない。 だからこそ、二つの意志は相反するのだ。 「わたしは……」 ただ黙って、悲痛な表情で戦闘を見上げていたキャロが、震える声で呟いた。 「どっちにも勝って欲しくない。ううん、勝ち負けなんてどうでもいい。 なのはさんとティアナさんが無事なら……戦うのをすぐに止めてくれたら、それでいい……」 「キャロ……」 「だって! おかしいですよ、こんなの……だって二人ともいい人です。優しい人です。敵じゃないんですっ!」 キャロは涙を流し、誰にもぶつけられない訴えを嗚咽と共に吐き出していた。 親しい人達が戦い合うこと――キャロにとって、それ自体が既に<痛み>であった。 「どうしてですか、フェイトさん? 戦うって、悪い人を倒す為や、大切なものを守る為にすることでしょ? ティアナさんは悪い人じゃないし、なのはさんは何かを壊そうとしてるわけじゃないっ。じゃあ、戦わなくていいじゃないですか!」 「違うよ、キャロ。これは……」 「嫌だよ、エリオ君……こんなのやだ……」 縋り付くキャロを、エリオはただ弱弱しく支えることしか出来なかった。 フェイトもただ痛ましげに見つめ、告げる言葉が無い。 幼いながらも呪われた人生を経験してきた。その上で差し出された手に救われ、再び人を信じ、仲間の暖かさに癒された。その無垢な少女にとって、これがこの戦いへの答えだった。 キャロの言葉はあまりに純粋で、単純だ。 だが、真理でもある。 フェイトとエリオは目が覚める思いだった。 ああ、そうだ。どんな事情があれ――親しい人達が傷つけ合うのは嫌だ。胸が痛む。 なのはが、そしてティアナもきっとそうであると。 二人は改めてこの戦いの厳しさと悲しさを知った。 「そうだね、キャロ。痛いことだよ、戦うって……」 フェイトはキャロの頬を伝う涙を優しく拭った。かつて、初めて彼女と会った時そうしたように。 だが今流れるこれは悲しみの涙だ。 「嬉しい時にも流れるけど、やっぱり苦しい時や悲しい時に涙は出るんだ。私もそれを見たくない。でも……」 キャロの顔をそっと自分に向け、視線を合わせて囁くように告げる。 「それが<人間>だから――。 どうしても分かり合えなくて、気持ちはすれ違って……それでも感情をぶつけ合いながら歩み寄っていくのが、人間だけが出来る戦い方だから」 「人間だけが、出来る……」 「涙を流せるってことは、心があるってことだよ。 これは、その心の戦い。どっちが悪いとか良いとかを決めるんじゃない。多分正しい答えなんて無い、それ以外を決める戦いなんだ」 後はもう何も言わず、フェイトはただ黙って空を見上げた。 止めること無く、横槍を入れることも無く、ただ見届けなければならない。この戦いの決着を。 なのはとティアナ。 かつて、自分となのはが戦った時のように、この決着でこれまでの何かが変わる。 それがより良い未来への分岐なのか、最悪の道への一歩なのか。それは分からない。 10年前、自分が戦った時。向けられたなのはの想いを否定した。完全な拒絶と敵意を持って戦い合った。 あの日のことは、多分一生引き摺る負い目だ。それは似たような境遇で戦ったヴィータも同じだろう。 だが、あの戦いは必要だった。 あの時に、自分は岐路を得て、選び、そして今此処にこうして立っている。 だから後悔は無い。あの時の決着と出た答えに。それだけはハッキリと言える。 「なのは……」 フェイトは心苦しさと同時に、不謹慎ながら喜びも感じずにはいれらなかった。 今のなのはは、あの頃のなのはだ。そのものだ。 管理局としての正義ではなく、次元世界を統べる秩序でもなく――ただ一人の人間としての想いを信じて戦っている。 迷い、悩み、それでも自分なりに考えて、傷付きながらも信じ続けて前進する。まるでヒーロー。 子供の頃から、その眩しい姿にずっと憧れていた。 組織は多くの人々を助けられるかもしれない。 でも、たった一人の為に全身全霊を賭けて救おうとする君が好き。 「つらい戦いだね。でも……頑張って」 やっぱり君には――自分の信じるままに飛ぶ、自由な空が良く似合う。 「クソ……ッ!」 放った魔力弾が再び障壁に弾かれるのを見て、ティアナは悪態を吐いた。 これが本来の実力の差なのか。 あっという間に戦況は一方へ傾いた。 なのはは強力なシールドを前方に展開し、先ほどと同じ方法で背後から誘導弾を連装ミサイルのように撃ちまくっている。 ただそれだけ。魔法の運用一つで、戦闘は一方的な展開となりつつあった。 ティアナの魔力弾はシールドを貫けず、弾速を驚異的な誘導性で補ったなのはの魔力弾は目標を執拗に追い詰める。 硬い盾と高い火力があれば、つまりはそれだけで戦闘は決する。 理不尽を嘆かずにはいられない理論ではあったが、ある種の真理でもあった。だから高町なのはは強いのだ。 それに、まさにこれこそがティアナの求める純粋なパワーでもある。 それを手に入れる為に、負けるわけにはいかない。 「クロスミラージュ、少し無理をさせるわよ」 《No problem.Let s Rock,Baby?(お気になさらず。派手にいきましょう)》 無機質な電子音声のクセに随分と小気味のよい言葉が返ってくる。 思いの他頼りがいのある返答に、思わずティアナは苦笑した。 「OK! 火星までぶっ飛ばしましょ――カートリッジ!!」 《Load cartridge.》 消耗した魔力を一時的にカートリッジで補う。 再び放たれた数発の魔力弾が見えた。 自動追尾の誘導性は単純な回避運動では振り切り辛い。無理な軌道変更を何度も繰り返してようやく成功させたと思えば、次が来る。 何度かの攻防でティアナはそれを理解していた。 効率はともかく、反撃に転じれるだけの効果的な方法が必要だ。 魔力を消耗し、弱点が露見する危険性もあるが、これしかない。 ティアナは一つの魔法を選択した。 「フェイク・シルエット――<デコイ>!」 ギリギリまで魔力弾を引き付け、回避に移る瞬間に幻術魔法を発動させる。 ついさっきまっで居た場所に、残像のように残された幻影のティアナへ向かって誘導弾が殺到した。 視認と自動追尾さえ誤らせる幻術を使った、戦闘機のような文字通りの囮(デコイ)だった。 一瞬の回避には効果的である。しかし、結局はその程度の効果だ。 本来の<フェイク・シルエット>は幻影を動かしたり、複数行使することで戦術的な効果すらも見込める魔法である。 ティアナにとって、この魔法は未だ習得出来ぬ不完全な魔法だった。 今のでそれを、なのはに見抜かれたかもしれない。 リスクは大きかった。だからこそ、見返りは最大限に活かす。 「うぉおおおおおおっ!!」 獣のように駆け、吼えながらティアナは空中のなのはを狙い撃った。 シールドに弾かれるのも構わず、とにかく攻撃の手を休めずに移動しながら、防御のカバーが無い側面へと回り込む。 なのはは冷静に観察し、察知していた。 その動きがフェイクであることを。 本命は、撃っていない左手に集束し続けている魔力だ。二段重ねの<チャージショット>の貫通力はシールドすらも射抜く可能性がある。 固定砲台と化していたなのはは、ようやく移動を開始した。 しかし、ティアナの命中精度と魔力弾の弾速は全速飛行であっても逃れ切れるものではない。 「捉えた!」 確信と共に、ティアナは左手に宿した魔力の暴走を解き放った。 雷鳴のような雄叫びを上げて、凶悪な銃火が炸裂する。スパークを撒き散らしながら、弾丸が展開された障壁に殺到した。 「<バリアバースト>!」 狙い済ましていたなのはは、まさにその瞬間仕掛けを発動させた。 バリア表面の魔力を集束して爆発させる。 子供の頃から技術向上し、バリア付近の対象を弾き飛ばす攻性防御魔法へ昇華した代物だったが、なのはは今、あえて対象を無差別に設定して実行した。 魔力弾の激突と同時に発動し、障壁を貫かれる前に、爆発により自分自身を弾き飛ばして距離を取る。 無茶苦茶だが、その思い切りの良さが回避を成功させた。 吹き飛びながらも空中で姿勢を安定させ、近くにあった<ヴィングロード>の足場に着地する。 そして、すぐさま<ショートバスター>による反撃を放った。 砲撃の隙間をティアナは駆け抜ける。 そう、ティアナは攻撃が失敗しても走り続けている。 なのはは彼女の走る足場の先を目で追い、その<ヴィングロード>が自分の元まで一本の道で繋がっていると知ると、内心で戦慄した。 まさか、計算通りか? 回避し、ここに着地することまで狙ってのことか――! 肯定するように、接近するティアナの両手には銃剣型のダガーモードになったクロスミラージュがあった。 なのはは感嘆せざるを得ない。なるほど、大したものだ。 「でも、終わりだよ。ティアナ!」 なのはは余裕を持ってシールドを展開し、背中に魔力スフィアを形成した。 ティアナには一瞬でも高機動を行う手段が無い。確かに、接近戦には絶好の位置に追い込んだが、タイミングが速すぎたのか、ただの駆け足では全くスピードが足りなかった。 間合いに到達する前に、迎撃は十分間に合う。 シールドは接近戦の持ち込み方次第でどうにかなるかもしれないが、そもそも誘導弾が放たれれば近づくことすら不可能だ。 僅かに間合いに届かぬ位置でなのはは魔法を完成させ、全てを終結させるべく解き放った。 数条の閃光がティアナに殺到する。 「――Slow down babe?」 眼前に迫る決定的な攻撃に対して、ティアナは不敵に笑い返して見せた。 「そいつは、早とちりってヤツよ!」 右手を突き出す。 カートリッジ、ロード。薬室に弾丸を込めるが如く。 《Gun Stinger》 銃声代わりの厳かな電子音声。魔力を集中させた銃剣の切っ先を前に突き出し、ティアナ自身の炸薬が点火された。 脚部に圧縮して溜めていた魔力を爆発させた反動で、無謀な突進は凶悪なまでの加速を得る。 次の瞬間、ティアナの体は前方へ弾け飛んだ。 「でぇやぁああああああーーーっ!!」 自らを弾丸と化した突撃。残像を残すほどの加速で<ウィングロード>を滑走し、飛来する魔力弾の隙間を一直線にすり抜けて、先端の刃がついになのはのシールドを捉えた。 激突のインパクトが周囲の空気を震わせ、更に続く力の拮抗が火花を散らす。 矛と盾がせめぎ合い、魔力で構成されながらも金属的な悲鳴を上げ続けた。 「すごいね、ティアナ! いつの間に、こんな魔法覚えたのっ!?」 絶対的な魔力差を埋めるティアナの突進力に顔を歪めながら、それでもなのはは感嘆を抱かずにはいられなかった。 戦いが始まって以来、ティアナはあらゆる予想を覆し続けている。 「魔法じゃありません! それに、あまり誇れる力じゃない……!」 渾身の力で魔力刃を障壁の内側へと押し込みながら、ティアナは自身の限界を悟られぬよう、歯を剥いて笑った。 冷や汗が滲む。この技は、あまり長い間パワーを放出し続けるものじゃない。あくまで一瞬の爆発力を得る為のものだ。 拮抗は長くは続かないだろう。 「これは……<悪魔>の力です!!」 無茶を承知で、空いている左手のクロスミラージュにカートリッジのロードを命じた。 激しい魔力放出を行う中、強引な方法で供給された魔力が痛みを伴って全身を駆け巡る。 マグマが血管を通り抜けるような錯覚を味わいながら、その勢いを全て右腕に注ぎ込んだ。銃口から伸びる魔力の刃が輝きを増す。 凶悪なその光は、ついにシールドを打ち破った。 しかし、それだけだ。 刃が障壁を貫通し、銃口が抜けて銃身の半分も食い込んだところで、ついに力尽きた。 ダガーの刃はなのはの胸元で僅かに届かず止まっている。もはやこれ以上の後押しは無理だ。 その結果にティアナは――笑った。 そして間髪入れずに吼える。 「クロスミラァァァージュッ!!」 《Point Blank》 撃発。 シールドを突破した銃口から、このほぼ零距離でダガーに蓄えていた魔力を利用した<チャージショット>がぶち込まれた。 力を溜めた銃身を槍のように突き刺し、そのまま発砲するまさに狂気の連撃(クレイジーコンボ) 実銃の放つマズルフラッシュに等しい魔力光の炸裂が指向性を持って前方に噴出し、直撃を受けたなのはは声も無く後方へと吹き飛んだ。 バリアジャケットのリボンの部分がバラバラに弾け飛び、確実なダメージを引き摺って、なのははたたらを踏みながら後退を止める。 ティアナ、もはや狩りに集中する獣のように、一片の油断も躊躇も無くただトドメを刺すべく追撃した。 「ぁ……っ、あっ、あ゛あっ、あああああああああああっ!!」 躍動する体から荒い呼吸音と共に漏れるこの恐ろしい声は何なのか。ティアナ自身さえ一瞬気付かなかった。 この一撃がティアナにとっても全身全霊を賭けた勝負であったことは間違いない。 賭けには勝った。だが多くのものを支払った。 一瞬の爆発力に全てをつぎ込み、これを逃せば元々平凡な魔力量しか持たない自分に持久戦は出来ない。 接近戦で全てを決める。 「墜ちてもらいます!!」 「……っ、そうも、いかないよ!」 焦点の合わないなのはの視線が、僅かに戸惑いを見せた後、素早く接近するティアナを捉えた。 ダガーの刃が十字に交差する。ハサミと同じ構えを取ったティアナはなのはの首を刈り取るように腕を突き出した。 交差の一点にレイジングハートを差し出し、なのはは辛うじてそれを受け止める。 《Stop fighting! It is your obligation,Cross Mirage.(戦闘中止しなさい。クロスミラージュ、アナタの責務です)》 デバイス同士が接触した瞬間、レイジングハートとクロスミラージュも意思を交わしていた。 過剰な戦闘継続と、相手の危険な精神状態を考慮したレイジングハートが冷静な命令を下す中、クロスミラージュは変わらぬ電子音声で答える。 《Sorry,My senior.My answer is……Fuck you!(申し訳ありません。私の答えはこうです……糞喰らえ!)》 予想外の、機械的な発声にそぐわない痛烈な返答だった。 レイジングハートに顔があったなら、きっと面食らっていたに違いない。クロスミラージュに手があったのなら、きっと中指を立てていただろうから。 主の意思も、デバイスの意思さえも相反し合った。 二人は激突を続ける。 体格的にも二人の筋力は大差無い。力比べを無駄と切り捨てたティアナは、素早く刃を引いて攻め方を変えた。 拳銃にナイフの生えたような通常の短剣とは使い勝手の違うそれを、驚くほど滑らかに振り回して、小さく、細かく斬りつけて来る。 射撃戦主体とは到底思えぬ巧みさであった。 なのはは冷や汗を浮かべながら、迫り来る剣閃をかろうじてデバイスで捌き続けた。 ティアナの攻撃が技術に裏づけされたものなら、なのはの防御は経験によって支えられている。 決して理の通った動きでは無く、無駄もあり、しかし長年戦い続けてきた経験の中にあるヴィータやシグナムを含む接近戦のエキスパートとの記憶が、迫る刃に対応するのだ。 全身を緊張させ、それでいてくつろいだ動きは、シビアな判断の連続である近接戦闘において理想的な態勢である。 「ビックリだな、ティアナってばどんどん隠し玉出すんだもん!」 「アナタに対して有効だから付け焼刃で振り回してるだけです! でも、今は私の出せる力は全て出して証明すると決めましたから!」 「なるほど! じゃあ、この勝負はわたしの負けかもねっ!」 ガギンッ、と鉄のぶつかり合う音を立て、再びデバイスは噛み合い、一瞬の拮抗が出来上がった。 互いの武器を境に、二人の視線が交差する。 「――ティアナを甘く見てたのは認めるよ。 でも、だったら尚更どうして? こんなに強いのに、ティアナはまだ力が欲しいの?」 「欲しいですね。例え悪魔に魂を売ってでも……<悪魔>を殺す為に!」 「そんな矛盾を持ってる時点で、間違ってるって気付かないの? そんな考えは、ティアナを不幸にする! 孤独にしちゃうんだよ!!」 「独りで戦う、誰も助けてくれなんて言ってない! どうしてアナタは私を止めるんですか!? 私はただの部下です! 別にアナタの10年来の友人でも、家族でもない! お節介程度の気持ちで、私の生き方まで干渉されたら、いい迷惑なんですよ!!」 もはやほとんど罵声のようなティアナの訴えが、なのはの心を揺るがした。 「わたしは……」 心が痛い。だが、こんな痛みなど自分勝手な感傷だ。 そうだ、結局どこまでいってもティアナにとって自分の言動は余計なお節介に他ならない。 それでも――ここで引き下がれない理由は何だ? 目の前の少女を、このまま独りで行かせたくないと思う、自分を突き動かすこの衝動は一体何なのか? 自分の心を表現出来る言葉を必死で探すなのはの頭とは別に、その胸に宿る熱い何かが一気に込み上げて、口から突き出した。 「――ティアナが、好きだから」 「え?」 一瞬、激しい力と意思の衝突が何処かに消え失せた。 呆けたようなティアナの顔と、無意識に出た自分の言葉を認めて、なのはは今や完全に納得した。 そうだ。これだ。 「初めて会った時、相棒を見捨てずに背負って走り続けるティアナの必死な顔を、カッコいいと思ったから」 つらつらと、これまでの迷いが嘘のように想いが言葉となって流れ出た。 「初めての訓練の時、ティアナの撃った弾に宿った魂の強さに、憧れたから」 教導官としての責務。 上司としての責務。 そんなもの、どうだっていい。 「初めてわたしの訓練に意見してくれた時、自分だけの決意を持つ真っ直ぐな眼を見て、もっと知りたいと思ったから」 高町なのはという一人の人間として付き合いたいと、思ったのだ。 「だから、ティアナ――今のアナタの姿がわたしには我慢出来ないの」 それは正しいのか、悪いのか。 そんな考えはもはや空の彼方へ捨て去って。なのはは今、一人の少女として、断固として言い切るのだった。 「そんな、身勝手な……っ」 「ゴメンね。フェイトちゃんやヴィータちゃんの時もそうだったけど、わたしって結構わがままなの」 絶句するティアナの前で、なのははあどけない笑みを浮かべて言った。 「そう言えば、わたしが勝った時の条件って言ってなかったね。 ティアナが勝ったら、うんと強くなるように訓練メニューを変更する。 わたしが勝ったら――今度こそ<なのはさん>って呼んでもらうよ。親しみを込めてね!」 名案だとばかりに、得意げに言うなのはの顔はどう見ても管理局所属の一等空尉の顔ではなく、年相応の人懐っこい少女の笑顔であった。 思わず釣られて浮かべそうになった苦笑を噛み殺して、ティアナは鋭く睨みつける。 「だったら、まずは勝ってからにしてもらいましょうか!」 クロスミラージュの銃身とレイジングハートの持ち手が交差していた一点に向けて、膝を蹴り上げる。 全く想定していなかった方向からの衝撃に、力の拮抗は崩れ、二つのデバイスは弾けるように離れ合った。 両手は宙を舞い、互いに無防備な懐を晒した二人だったが、その一瞬を想定していたティアナだけが一手早く動いた。 下腹に向けてダガーの刃を突き入れる。擬似的にとはいえ人を刺す行為に一瞬の躊躇もない。 バリアジャケット越しに感じる手応え。ティアナは何故か取り返しのつかないことをしてしまったような絶望を感じながら、必勝の瞬間にほくそ笑む。 なのはの腕が、ティアナの腕を掴んだ。 「ジャケットパージ!!」 そう叫んだなのはの言葉の意味が一瞬理解出来ない。 だが、何か答えを出す前にティアナの体は突然の衝撃に後方へ弾き飛ばされた。 上着の部分を構成する魔力を瞬間的に解放することで周囲に衝撃波を放ったこの<ジャケットパージ>は、かつて親友のフェイトが使用していたものだった。 全く予想していなかった反撃に吹き飛ばされるティアナ。揺れる視界で、なのはの射撃体勢を捉える。 必死にクロスミラージュの銃口を突き付けた。 「く……っ!」 「レイジングハート!」 互いのデバイスの先端に灯る魔力の光。交差する視線。狙いは完璧。 放たれる、今。 「シュートォ!!」 「Fire!!」 二色の魔力光がすれ違い、互いの標的を同時に直撃した。 奇しくも、二人とってこの戦いの中で初めてクリーンヒットを相手に与えていた。 「ティア! なのはさん!?」 意識を刈り取るほどの互いの一撃に吹き飛ばされ、<ウィングロード>の足場から落ちていく二人を見て、それまで呆然としているだけだったスバルが我に返る。 深くなど考えない。二人を救う為、魔力を振り絞って更に<ウィングロード>を形成し、伸ばす。 二人の間を中心に一本の青い道が伸び、落下する二人の体を受け止めた。 スバルが安堵のため息を吐く中、二人は倒れ伏したまま動かない。 モニターには倒れたままのなのはとティアナが映っている。 息を呑むようなその場の静寂が、ヴィータの元にまで伝わってきていた。 「……信じられねえ。リミッター付きとはいえ、相手はあのなのはだぞ」 「先に言うなよ。正直、俺も信じられないってのが本音さ」 この時ばかりはダンテも茶化す事無く、神妙な様子でヴィータの言葉に同意していた。 ティアナと最後に会って約三年。 確かに彼女は魔導師として鍛える為の施設に入り、その為の日々を過ごしてきた。 だが、その日々を経たとしてもわずか三年という時間であそこまで人は変わるものなのか? 機動六課に入って以来の付き合いでしかないヴィータにとっては、この変貌はより衝撃的であった。 「努力だとか詰め込みの自主錬だとかでどうにかなるレベルじゃねえぞ。 特に、最後のあの銃剣使った突撃。瞬間高速移動とか肉体強化とか、完全にスバルやエリオみたいな近接戦型魔導師のスキルじゃねーか」 感嘆というよりも畏怖するような響きで呟き、ヴィータは傍らのダンテを睨み上げた。 「……おまけに、どっかで見た技だったな」 初めて共闘した夜、目の前の男が使った技をヴィータは鮮明に覚えていた。 突進と刺突を合わせた一撃。だが、威力や効果はそんな単純なものではなかった。まさに絶大だ。 爆発的な初動は、自分やシグナムでさえ反応することが難しいだろう。あれは一種の技だった。ダンテは自然体で近接戦型魔導師のスキルを備えている。 ティアナの使った技はまさにそれをベースに発展したものと言ってよかった。 「確かに、アイツには何度か見せたことがあるがね。だが、分かるだろ? 見よう見真似で出来るもんじゃない。おまけにアイツには向いてないんだ」 「……そりゃそうだよな。確かにアイツの体つきは格闘向けじゃねえ。けど、だったらますます解せねえだろうが」 言いくるめられ、渋々頷きながらもヴィータは合点のいかない表情を見せた。 「近接技の類は単純な魔法の習得で出来るもんじゃねえ。 機動力強化や筋力強化にしても、基になる部分の適応、その為の肉体改造――どれも一朝一夕で出来るもんじゃねぇんだ。 こりゃ、努力とか才能の問題ですらねーぞ。時間的に無理! ティアナの野郎、まさかヤベー薬でもやってんじゃねえだろな?」 ヴィータはさして考えもせず冗談染みた呟きを漏らしたが、ダンテの表情が僅かに揺れたのを彼女は気付かなかった。 そうしているうちに、モニターで変化が起こる。状況が動き出したのだ。 ヴィータは再びモニターに釘付けになり、戦いの結末に意識を集中させた。 その傍ら。ダンテはモニターから眼を離し、肉眼では見えない遠くの訓練場での戦いを見据える。 「……あのじゃじゃ馬、まさかここまで踏み込んでたとはな」 笑い飛ばしてみようとして失敗し、苦々しいものがダンテの口元に浮かんでいた。 「深入りするなよ、ティア。お前は<人間>なんだ――」 ダンテの言葉は風に溶け、遠いティアナの下へ流れていく。 状況を鮮明に映すモニターの中、ついに二人の戦いは終着へ向かおうとしていた。「くっ……ぁあ……っ」 力を振り絞り、なのはは両手を着いて上半身を持ち上げた。 腹のど真ん中にはティアナの魔力弾の直撃を受けた跡がしっかりと刻み込まれている。まったく、あの態勢で恐ろしい命中率だ。 「久しぶり、かな……こんなにキツイの」 苦笑しながら力の入らない両足を無理矢理立たせる。 ダメージは予想以上だった。 近接状態から逃れる為とはいえ、<ジャケットパージ>は発動と同時に無防備な状態を晒す危険な方法である。 上着部分を失ったことで大幅に防御力の落ちたバリアジャケットは、ティアナの魔力弾の貫通力を緩和し切れなかった。 模擬戦でここまで必死になったのは、本気のシグナムとの一戦以来だ。 「ティアナは……」 なのはは自分の立つ<ウィングロード>が一直線に伸びる先を見つめた。 ティアナは倒れたままだ。意識は戻っているらしく、両脚を震わせ、両腕を動かしながらもがいているが、立ち上がれていない。 ダメージはティアナの方が深刻だった。 砲撃魔導師とも呼ばれるなのはの<ショートバスター>の直撃は、それほどまでに脅威なのだ。 ティアナは言うことを聞かない自分の体に絶望した。 「あたしが――負けるの?」 悔しさと共に、弱音とも取れる言葉が漏れる。 それを見下ろすなのはは、手を差し伸べることもなく、ただ強く言い捨てた。 「どうしたの? それで終わりなの?」 言葉とは裏腹に、嘲りなど欠片も無く、叱責するような厳しさでなのはは告げる。 「立ちなさい! ティアナ、アナタの力はそんなものじゃないはずだよ?」 「うる、さい……っ!」 なのはの言葉にティアナの頭が一瞬で煮えくり返った。 湧き上がってきた怒りを両脚に注ぎ込み、力として立ち上がる。ここで這い続けることは、何よりも許せない屈辱だ。 「アンタなんかに、あたしの何が分かるってのよぉぉ!!」 折れた牙を剥きながら立ち上がった。 ティアナの仮面、もはや跡形も無く崩れ落ち、無残なまでの感情が剥き出しになっている。 怒り、妬み、焦り、悔い、憎しみ――ハッキリとした視線。だが、なのははそこから眼を背けない。 「分からない。でも、わたしはアナタを止めなきゃならない。例え、アナタを傷つけることになっても」 幾度目かの対峙。 しかし、二人は言葉も交わさずに確信し合った。 次が、最後だ。 「……クロスミラージュ」 「……レイジングハート」 下向きに構えられたお互いのデバイスが、お互いの主の意のままにカートリッジをロードした。 供給される一発分の魔力。 そう、次の一発で決める。 奇妙な沈黙が落ちた。 嵐の前の静けさが最も表現として合っている。更に適する状況を表すならば『銃を構える寸前で止まった決闘の瞬間』が最も正しい。 自分が最後まで信じる射撃魔法を武器に、二人は同じ盤上で賭けに出ることを同意していた。 張り詰めた空気が、限界に達する。 ティアナとなのはが、自らのデバイスを相手に向けて振り上げた。 一挙動、なのはが遅い。 疲れ果てて尚、ティアナの抜き撃ちは神速であった。クロスミラージュのガンサイトがなのはの眉間を捉え、ティアナは躊躇無く弾丸を解き放つ。 放たれた魔力弾は、その音速に達する速さで一直線に走り――なのはの手の中に吸い込まれた。 「あ――」 目を見開き、驚愕に支配されたティアナに許された発声はそれだけだった。 待ち構えていたかのように、発射と同時に動いたなのはの空手が飛来する魔力弾を防護フィールドで包み込み、受け止めていた。 虚しく四散する魔力の残滓が舞う中、瞬き一つしないなのはの眼光がティアナを捉えている。 右手のレイジングハートが、ティアナより一瞬遅れてその穂先を標的に向けた。 「シュート」 囁き、念じる。 轟音と共に砲撃が放たれ、なのはの最速砲撃である<ショートバスター>が為す術も無いティアナを貫いた。 魔力の奔流が過ぎた後、左半身のバリアジャケットを消失させ、ティアナが力なく膝を着いた。 もはや、戦いを続けられはしない。 戦闘は終了したのだ。なのはの勝利によって。 「ティアナ……」 僅かにふらつく足取りを叱咤して、なのはは今にも倒れそうなティアナの下へ歩み寄った。 ギリギリの勝負だった。元より、正面から撃ち合いなどして自分に勝機があるなど思っていない。 なのはがティアナの射撃を防げたのは、勘と、運と、何よりもその判断力によるものだった。 散々自身の魔力弾を撃ち込みながらもそれに耐えてきた自分のバリアジャケットをティアナは警戒していたはずだ。 狙うならば、一番ダイレクトにダメージを送り込める頭部を狙って意識を狩りに来る――そう踏んで、ティアナの射撃を誘導した。 後は自身の持ち得る感覚やセンサー全てを頭に集中して待ち構え、そしてなのはは賭けに勝ったのだ。 「わたしの、勝ちだよ」 ティアナの目の前で、なのははそう宣言した。 それを聞き、持ち上げた顔の中。ティアナはまだ笑みを浮かべていた。 「まだ決着なんて……ついてませんよ、教導官。私の意志は折れていない」 「何言ってるの、ティアナはもう戦えない!」 「なら、待ちます。このまま何もしないなら、少しずつ呼吸を整えて、体力を回復させて、動けるようになったらもう一回襲い掛かります」 「そんなこと……っ!」 「そんな面倒な真似をさせたくなかったら、しっかり決着を付けてください。高町教導官」 ティアナの言葉に、なのは息を呑んだ。 ドドメを刺せ――ティアナはそう言っている。 「……降参して、ティアナ」 「言いません。もうダメです、その段階は過ぎました。私はもう決めましたから」 「ティアナ、意地を張らずに……っ!」 「その気遣いは、一体何の為のものなんですか!?」 倒れる寸前とは思えないティアナの一喝が響いた。 彼女の瞳にだけは、いまだに激しい炎が燃え続けている。 「高町教導官! アナタは卑怯だ、そうやっていつも深く踏み込む決断を避ける! 優しさだと思ってるそれは、壁なんです! 私はアナタの笑顔には惑わされない! 私の本気に対して、本気で応えようという気がないなら最初から関わらないで下さい! 今は優しさなんて必要ないんですよ!!」 息も荒く、それでもティアナは血を吐き出すように言葉を投げつけた。 その全てがなのはの心を抉る。 ティアナを含めて、これまで多くの訓練生に教えてきた全てに自信が無くなっていく。 間違っていたとは思えない。でも――確かにわたしは、壁を作っていたのではないか。 「……さっき言ったことは嘘ですか?」 今度は静かに、ティアナが尋ねた。 「本当なら撃って下さい。 私は本気だから止まりません。本気なら止めて下さい。撃って下さい。この戦いの答えを決めて下さい――<なのはさん>」 なのははカッと眼を見開いた。 心が痛み続ける。苦悩が巡り続ける。だが今、迷いだけは抱いてはならない。 何かを堪えるように引き締めた口元。弱弱しくも立ち上がったティアナを睨み据え、レイジングハートを構えた。 「――全力全開でいくよ、ティアナ」 「望むところです」 コッキング音と共に二発のカートリッジがロードされる。 十二分な溜めによって、最大級の魔力が強大なスフィアを形成、凶悪な光を胎動させた。 その圧倒的な存在を前に、射線上のティアナはむしろ穏やかな表情すら浮かべていた。 今、この戦いから始まった全てが終わる。 「<ディバインバスター・エクステンション>!」 なのはの叫び、あまりに悲痛に響き。 「シュゥゥゥーーートォォッ!!」 渾身の力と想いを込めて、なのはは泣き叫ぶように絶叫した。 高密度で圧縮された魔力が一瞬でティアナの体とその意識を飲み込む。 多重構造物を貫通するほどの対物集束砲は光の帯を空の彼方まで届かせ、その凶悪な輝き知ら示した後、ゆっくりと消えていった。 斜線上にあったただ一人の対象物であるティアナは、バリアジャケットを跡形も無くに吹き飛ばされ、訓練着の状態に戻っていた。 意識などあの光に全て焼き尽くされ、そのまま崩れ落ちる。 もはや、立ち上がることはない。目を覚ますのに丸一日は必要だろう。 今度こそ、戦いは終わった。 勝者となったなのはは、倒れたティアナを呆然と見下ろしていたが、やがて踵を返してフラフラと歩き始めた。 「模擬戦はこれまで。二人とも、撃墜されて……」 誰に告げているのか分からない呟きは、そのうちすすり泣くような声に変わっていく。 数歩進んだところで力なく膝を着き、両手で顔を覆った。 様子を見ていたフェイトが飛び出し、いつの間にかバインドの解かれていたスバルが弾けるように駆け出した。 その戦闘を傍観していた者全てが、慌てて行動を始める。このあまりに痛ましい結末に。 もう、見ていられない。 ティアナ対なのは、決着――。 to be continued…> <悪魔狩人の武器博物館> 《剣》リベリオン ダンテの愛用する剣。父から譲り受けたもの。 長身のダンテ自身に匹敵する程の長さと肉厚の刀身を持つ巨大な剣。悪魔の頭蓋骨を連想させる装飾が特徴。材質不明。 頑強で切れ味もあるが、それ自体は単なる剣に過ぎない。 その真の特性は、ダンテの力を唯一完全に発揮出来る媒介であるという点である。 並の得物ならば伝播させるだけで崩れ落ちる真紅の魔力を刀身に宿し、更に強力な攻撃として具現化させることが可能。 ダンテの魔力を帯び続けていたせいか、彼の意思一つで手元に戻ってくる特性も兼ね備えている。 また、武器としてだけではなく、ダンテの<真の力>を発揮する為の鍵としても在るらしいのだが――? 髑髏の装飾は、ダンテの状態に応じて形状が変化するらしい。 前へ 目次へ 次へ
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マクロスなのは 第7話『計画』←この前の話 『マクロスなのは』第8話「新たな翼たち」 「ここが校舎だ」 食堂から出てミシェルに案内された場所は所内にある比較的古いコンクリート打ち付けの建物だった。 表札もおそらく昔の名前、『技術開発研究所 化学部門』となっている。 「案外古い建物を使ってるんだな」 アルトの呟きに、玄関の階段に足をかけたミシェルが答える。 「ここにはまだ予算があまり割かれてないんだ。まだ訓練を始めて2週間だからな」 「そんなものか」 アルトは階段に足を掛けながら後ろを歩く生徒達を流し見る。 昼食の時に話を聞いた所、大多数がリンカーコア出力がクラスBの空戦魔導士だった者達で、一様に理系―――――特に工学を学んだ者で構成されていた。(そのためか女子生徒は1人のようだ) やはりバルキリーに乗るためには自分の乗っている物がなぜ飛ぶのか、そういう事がわからなければ緊急時に対応できない。そのことを管理局も理解しているらしかった。 玄関をくぐると、ミッドチルダには珍しい褐色の肌をした男と鉢合わせした。 「よう、ミシェル。・・・・・・ん?そちらの2人は?」 「ああ。さっきのリニアレールの事件で手伝ってもらった、機動六課の高町なのは一等空尉に、〝アルト姫〟だ」 アルトは聞くと同時にこの金髪のクソ野郎をぶん殴ってやろうかと思ったが、彼にはそれでわかったらしい。 「ああ、あなたが。噂は聞いています。私は第51次超長距離移民船団『マクロス・ギャラクシー』所属、新・統合軍のミラード・ウィラン大尉です」 教官をしていて今の階級は三等空佐ですが。とつけ加える。 「こんにちは、高町なのはです」 笑顔で応対するなのは。一方、『マクロス〝ギャラクシー〟』と聞いたアルトは一瞬身構えたが、彼の友好的な顔からは敵意はまったく感じられなかったためそのまま会釈だけで簡単に流した。 「こんにちは。・・・・・・しかし噂通りお2人とも美しい女(ひと)だ。・・・・・・ああ、そういえばアルトさんは報道でお見受けした時もそうでしたが、普段から〝男装〟をされているんですね。それでも内に秘めた美しさが垣間見えるようでよく似合っておいでですよ」 まったく悪意のないウィランの自然な言葉に、後ろから生徒達のクスクス笑いが聞こえる。 「だ、誰が男装だ!!誰が!?」 アルトは全力で否定した。舞台以外で性別を間違えられるなど、自身のアイデンティティーに関わる。 ウィランもこの美青年の声にようやく気づいたようだ。 「え?・・・・・・あ、いや失礼。ミシェルの話から早乙女アルトは女性だとばかり―――――」 どうやらさっきのスパイス、そしてこれはミシェルの差し金だったらしい。 「ミ・ハ・エ・ル、貴様ぁ!!」 激昂するアルトに 「俺に勝ったら男の子って認めてやるよ。〝姫〟」 と涼しい顔。 突然険悪になった2人を生徒やウィランはハラハラと、なのはは苦笑しながら見ていた。 (*) 「それでは当初の予定通り、午後はシュミレーターによる実習だ」 ミシェルが生徒を前に宣言する。 彼の後ろには縦2メートル、横5メートル、奥行き3メートル程の箱がある。どうやらあれがシュミレーターらしい。中にはバルキリーの操縦席がある。 「内容は会敵、戦闘となっている。だが、これで5分も持たないような奴は―――――」 ウィランが鋭い視線で生徒達を威嚇した。 ミシェルが時たま見せる眼光にもスナイパーであるためか見られたものを竦み上げさせる力があったが、所詮まだ高校生。40以上で、下っ端からの叩き上げという彼とは場数が違った。 そうして生徒の1人がデバイスを起動してバリアジャケットに換裝する。それは紛れもなく軍用EXギアだった。どうやら『メサイア』とは腹違いの兄弟らしい。 着なれているらしく、シュミレーターに乗り込む彼の動きに無駄はなかった。どうやら訓練を始めてから2週間というのは本当らしい。 シュミレーターが稼動すると他の生徒達はディスプレイの前に集まる。どうやらシュミレーターとこの画面とはリンクしており、観戦ができるようだった。 画面に浮かぶ自機、VF-0はクラナガン上空を飛ぶ。そこに現れたのは50機を優に越えるであろうガジェットⅡ型の大編隊。 本来の生身の戦闘ではとても勝てないであろう彼らに向かってVF-0は獰猛果敢に突入する。 アルトはこの戦いを見てこの訓練は始まったばかりだと感じた。可変の使い方を心得ていない。 可変という特殊機構をもつVFシリーズは戦場を選ばぬ全領域の汎用性がある。そのためこの機構を使いこなしているかで即、技量がわかる。 可変の使い方の基本としては、ファイターは高速度と高機動を生かして敵中突破または距離をとるために。ガウォークは戦闘ヘリのような小回りを生かしての戦い。バトロイドは腕という名の旋回砲塔による全方位攻撃や近接戦闘に。 しかし元空戦魔導士だった彼らはファイター又はバトロイド形態に固まってしまい、ガウォークを中間とする流れるような運用ができていなかった。しかしそれでも頑張っていられるのは魔導士時代の実戦経験と、戦闘のノウハウがあることが大きいだろう。 これがある者は例えバルキリーの操縦カリキュラムをすべて履修したが、実戦経験がないという者に比べても差は歴然である。 これのない者は戦場では空気だけで押しつぶされてしまい、実力の半分も出せない。対してある者は冷静に事態を見つめることができ、なおかつ経験を元に独創的な戦法を思いつくことができる。 さらにここの1期生達は元は優秀な魔導士だったらしい。ただ、ガジェットを相手にするにはリンカーコアの出力が低かったため戦力外通知され、ここに引っこ抜かれたという。 そのため1期生は戦闘技術なら実戦レベルであり、バルキリーに慣れさえすれば、『バジュラ本星突入作戦』に投入された緊急徴用の新人パイロットより十二分に戦力になりそうだった。 生徒の最後の1人が敵の猛追を受けて撃墜で終わり、さてどうするのだろう?と遠巻きに観察していると、ミシェルがこちらに来て言う。 「なのはちゃんもやってみる?」 「へ? わたし?」 ミシェルの突然の誘いに、彼女を尊敬しているという女子生徒にアドバイスをしていたなのははキョトンとする。 「そう。滅多にやれないと思うよ」 この誘いにしばし迷っていた彼女だが、周囲の期待のこもった空気にのせられ、承諾した。 「あ、でもわたしEXギアがないから出来ないんじゃ―――――」 「大丈夫。こっちで用意するよ。なのはちゃんのデバイス・・・・・・そう、レイジングハートをちょっと貸して」 言われたなのはは胸元にある赤い水晶のような石、レイジングハートをミシェルに手渡す。 彼はそれを端末に置くと、パネルを操作していく。 「・・・・・・ああ、『三重(トリ)フラクタル式圧縮法』か。ずいぶん洒落たの使ってるね。・・・・・・それに最終形態時の常時魔力消費(バリアジャケットや各種装備を維持するのに必要な魔力)率が15%って結構無茶するね・・・・・・」 なのははミシェルの一連のセリフに驚いたようだった。 「そんなにすごいことなのか?」 なのははアルトの問いに頷くと、理由を説明した。 『三重フラクタル式圧縮法』を使えば、普通のデバイス用プログラム言語の約3分の1の容量で同じことができる。しかし通常のデバイスマスターでは扱えないし、それであることすら看破できない代物であった。 しかしミシェルはそれを斜め読みしただけで解読しているようだったからだ。 「ミシェル君にはわかるの?」 「まぁね。姫にもわかるはずだぞ」 「はぁ?ミシェル、俺はガッコ(学校)で習ったプログラム言語しか知らん―――――」 「じゃあ見てみろよ。ほれ」 ミシェルは開いていたホロディスプレイの端をこちらに向かって〝ツン〟と指で突き放す。 (仕方ないな・・・・・・) 俺はスライドしてきたホロディスプレイを手で掴んで止め、投げやりに黙読を始めた。 もし現代のプログラマーがパッと見ることがあれば、見た目数字とアルファベットがランダムに配置されていて、なにか特殊な機械語だと思うかもしれない。 しかしアルトにはすぐに見当がついた。中学生時代、人類が生み出したC言語などを全て極めた後でようやく習ったプログラム言語――――― アルトは猛然とミシェルに駆け寄ると、画面を指差して叫んだ。 「おい!こいつは紛れも無く〝OTM(オーバー・テクノロジー・オブ・マクロス)〟じゃねぇか!?」 そう、これはOT(オーバー・テクノロジー)を有機的に運用するのに最適化されたSDF-01マクロス由来のプログラム言語だった。 「ああ。そうだな。わかるっていったろ?」 「だが何で―――――!」 こいつらがこれを知っている?というセリフを直前で飲み込むアルトだが、ミシェルは 「さぁな」 と肩をすくめて見せただけだった。 そして彼は顔にハテナを浮かべる生徒やなのはを見て当初の目的を思い出したのか端末に操作を加え始めた。 「えーと・・・・・・ここを繋いで・・・・・・これをペーストして・・・・・・第125項を第39項で繰り返す・・・・・・よし、これでIFS(最初にバリアジャケットのイメージデータを作成するシステム)に繋がるはずだ。これからバリアジャケットのイメージデータを送るから、待機してもらってて」 ミシェルは自身の端末を操作しながら、なのはに指示を出す。 「わかった。レイジングハート、お願い」 『Yes,My master. IFS(Image・Feedback・System) connecting ・・・・・・complete. All the time.(はい、マスター。IFSに接続中・・・・・・完了。いつでもどうぞ)』 「じゃあ、始めるよ」 ミシェルは言うが、変化はほとんどない。レイジングハートが数度瞬いたぐらいだ。そして不意に端末を畳むと、レイジングハートをなのはに返した。 「終わったよ。着替えてみて」 なのはは頷くと、その手に握る宝石に願った。 アルトは手で隠すように眩い桜色の光を避ける。するとそこから光臨してきたのは、いつもの白いバリアジャケットではなく、EXギアを着たなのはの姿であった。 しかし――――― 「これが・・・・・・うわっ」 予想以上の動きに大きくふらふらする。そしてバランスをとろうとして動かすとさらにバランスを崩し―――――と事態をどんどん悪化させていく。 「動かないで」 ミシェルが落ち着いた声でそう彼女に釘を刺すと、応援に来たアルトと共にそれを制していった。人間焦った時動かす場所など決まっているものだ。アルトやミシェルのような熟練者であればEXギアを生身でも制止することは可能だった。 「ふぅ・・・・・・トレース(真似)する動きは最低の1.2倍になってるけど、動く時には気をつけて。もし危ないと思ったら体は動かさず、いっぺん止まること。バランサーのおかげでどんな姿勢でも転倒することはないし、なのはちゃんが動かなきゃコイツは動けないから。OK?」 「う、うん・・・・・・」 彼女は素直に従い、ミシェルにエスコートされながらゆっくりシュミレーターに乗り込む。そして簡単な操縦機器の説明を受けるとシュミレーターを稼動させた。 『わぁーすごい!』 なのはの邪気のない声がスピーカーから届く。 たとえその身1つで飛べるとしても、やはり飛行機のパイロットの席に座る感触はまた格別である。 アルトもEXギアで飛ぶのと同じかそれ以上にバルキリーで飛ぶことを楽しんでいるので、なのはの気持ちはよくわかった。 「それじゃなのはちゃん、操縦の説明は―――――いらないみたいだね」 ミシェルはそう言うと、曲芸飛行をはじめたVF-0を見やった。 縦宙返りをして頂点に来るや360度ロール。再びループを継続すると、元いた場所に戻る。 そしてそこで鋭くターンすると、先ほどループした中心を貫いた。 その航跡が〝ハートを貫く矢〟に見えたのはアルトだけではあるまい。 なのははこの短時間でVF-0を乗りこなしたようだ。 その後も捻り込み、コブラなど曲芸を披露していった。 『うん、いい機体!』 なのはは水平飛行しながら足のペダルに直結された可変ノズルを操作して機体を揺すった。 「なのはちゃん、十分出来そうだね」 『うん。戦闘機の空戦機動ならみっちり〝練習〟したから』 それを聞いたミシェルがニヤリと微笑む。 「それじゃうちの生徒と同じ難度でやってみる?」 『うん!お願い!でも邪魔だからコンピューター補助全部切ってマニュアルにして』 「え?でもそれじゃ機体制御が難しくなるし、限界性能が出ちゃうからG(重力加速度)で気絶しちゃうかもしれないよ?」 しかしなのははカメラ目線になると、ウィンク。 『お願い』 と繰り返した。 「・・・・・・わかったよ。それじゃ、お手並み拝見」 ミシェルは肩をすくめて言うと機体の設定をいじり、訓練プログラムを作動させた。 出現するガジェットの大編隊。 なのはの操縦するVF-0はファイターで単身敵に向かっていく。その間チャフ(レーダー撹乱幕)とフレアを連続発射してあらかじめロックをかわす。 そしてすれ違った時には敵のうち数機が破片になっていた。 『〝LOMAC(LOCK ON MODERN AIR COMBAT。第97管理外世界に存在するフライトシュミレーション)〟で培った私の技術、今ここに見参!』 神技であった。 突然ピッチアップしたかと思えばそのまま後転。機首を元来た方に向けると、敵をマルチロック。続いてマイクロミサイルを斉射し、まったく回避動作に入っていなかったガジェット数機を葬った。 続いて追ってきたガジェットになのはは機首を上にしてスラストレバー(エンジン出力調整レバー)を絞る。すると機体は失速するが、なのははそこから可変ノズルを不規則に振ってハチャメチャにキリモミ落下を始めた。 これに似た機動は第97管理外世界ではフランカーシリーズの最新鋭戦闘機だけができる曲芸だが、VF-0でも潜在能力として出来た。 また可変ノズルなどの機構やOTM、そして操縦の完全マニュアル化によってそれら戦闘機より鋭く、速く行え、この機動中も制御が利くので、複雑な軌道なため狙いがつけられず棒立ちのガジェットを次々ほふっていった。 開始1分でガジェットを10機以上葬ったなのはのVF-0はその後もファイターしか使わない。いや、EXギアシステムが満足に使えないため、それをトレースするバトロイド、ガウォークなど使えない。 そのため遂にはミサイル、弾薬が尽き、戦闘空域から離脱する前に無限に出てくる敵の損害覚悟の包囲攻撃にさらされた。 「まだまだ!」 なのはは機体を180度ロール。続いて主観的な上昇をかけて急降下。いわゆる『スプリットS』を実行し、下界のビル群に突入した。 ガジェットも彼女を追わんとそこへの突入を敢行する。 「さぁ、どこまで着いてこられるかな!」 彼女は乱立するビルの間を音速で飛翔する。 本当にやったらビルのガラスが割れてその中の人や道路を歩いている人が大変なことになるが、なのははまったく気にしていないようだ。 秒速数百メートル単位で迫るビルという名の障害物を絶妙な機動で縫っていくなのは。 そんな魔のチキンレースにガジェットは更に10機ほどがビルにぶつかって散った。 しかし目前のビル群がとうせんぼ。正に袋のネズミになってしまったなのはに上空待機していたガジェットが大量に急降下を仕掛けてきた。 万策尽きたらしい彼女はスラストレバー全開で敵に特攻。数機を相討ちにするが、自らは激突寸前にイジェクト(脱出)して生き延びるという狡猾さを見せた。 「ふぇ~、やっぱり難しいよ~ぅ」 などと〝可愛く〟言いながらシュミレーターから出てくる。しかしこの20分で築き上げた撃墜数は1期生を余裕で上回る62機を叩き出していた。ちなみにこれには、ビルに激突して散った機は含まれていない。 おそらく実戦なら脱出後、生身でさらに80機近くを落とすだろう。 (さすがは管理局の白い悪魔・・・・・・) この時全ての人が同じ思いを共有していたという。 (*) 「さて、アルト姫。ここで生徒達にお手本を見せてくれるかな?」 なのはの奮戦を見て血のたぎっていたアルトはすぐさま応じ、メサイアを着込む。そしてシュミレーターから降りたなのはの、 「頑張って!」 と言うエールを背中に受けながらシュミレーターに乗り込んだ。 ハッチが閉じ、コックピットの機器に光が灯っていく。 操縦系統はEX(エクステンダー)ギアシステムを採用したためかVF-25と相違ない。アルトは自らの技量を過信するわけではないが、いくら旧式VF-0のスペックでも、ガジェットごときに落とされるとは思えなかった。 (*) シュミレーター外 なのははミシェルがシュミレーターのコントロールパネルに操作を加えるのを見逃さなかった。 「ミシェル君、なにをしたの?」 なのははそう言いつつミシェルが操作していたコントロールパネルの『難易度調整』と書かれたダイヤルを見た。ダイヤルのメーターはMAX(最大)を示している。 「普通の難易度じゃ、あいつにゃすぐクリアされちまうからな。あの高慢チキな鼻っ柱をへし折るにはこれぐらいで丁度いいんだよ」 その難易度はなのはや生徒達よりも8段階以上、上の設定だ。なのははシュミレーターの前で静かに合掌した。 (*) 「おいおい、ミシェル!これはなんなんだぁぁぁ!?」 アルトは迫るHMM(ハイ・マニューバ・ミサイル)をチャフ、フレアに機動を織り交ぜて必死に回避し、EXギア『メサイア』とシュミレーターの発生する擬似的なGに喘ぎながら通信機に怒鳴る。 後方にはライトブルーの機体が3機。機種はアルト達の世界でも最新鋭の無人戦闘機QF4000/AIF-7F「ゴースト」だ。 このゴーストは現在、新・統合軍の主力無人戦闘機だ。 有人機と対決した場合、高コスト機体であるAVF型(VF-19やVF-22)であっても1対5のキルレシオ(つまり、ゴーストが1機落とされる間に5機のAVFが撃墜されているということ)を誇り、VF-25で初めてタメが張れるという恐ろしい機体だった。 『あれ?生徒達の前で恥をかくのかな?』 それだけ言って通信は切られた。 「くっそ!覚えてろよミシェル!うおぉぉーーー!!」 アルトは持てる技術を総動員し、旧式VF-0で現役ゴーストに挑んだ。 (*) ゴーストは宇宙空間や大気圏でのいわゆる〝空中戦〟に特化しているため、このまま敵のフィールドである空中にいたらタコ殴りになると急降下。 1機を市街地のビル群に誘い込み、バルキリーの最大の特徴であり、得意であるバトロイドやガウォークなどで市街地機動戦を展開。罠にはめてガンポッドで見事撃墜した。 しかし残る2機にミサイルを雨あられと降らされ、袋叩きに会うこととなった。 「なめんなぁ!」 アルトはアフターバーナーも全開に急上昇を掛ける。 それによって空間制圧的に放たれていたミサイル達は飢えた狂犬のように従来の軌道を捨て、そこに集中する。 それを見越していたアルトはその瞬間ガンポッド、ミサイルランチャーなど全装備をパージしてデコイ(囮)とし、その弾幕をなんとかくぐり抜けた。そして間髪入れずにバトロイドへと可変すると、目前にいたゴーストに殴りかかった。 PPBの輝きも無い無骨な拳は見事主翼を捕らえてそれを吹き飛ばし、軌道が不安定になったゴーストを残った腕で掴むと、主機(エンジン)と武器を殴って全て停止させ、ミサイルランチャーからミサイルを1発拝借した。 もはや翼を文字通りもがれて鉄くずとなったゴーストだが、まだ利用価値がある。 バトロイドとなったことで急速に遅くなったVF-0に、残った最後のゴーストが接近掛けつつミサイルを放ってくる。その数、10以上。 そこでアルトは鉄くず同然のゴーストをミサイルに向かって投げつける。そして腕のみを展開したファイターに可変したVF-0は最加速して投げたゴーストに追いつくと、手に握っていたミサイルをそのゴーストに投げつけた。 直後に襲う衝撃。 ミサイルとゴーストの誘爆で大量の熱量と破片、そして衝撃波が放たれる。そして向かってきていたミサイル達はその目的を果たす前に、VF-0に重なるように出現した熱源に誘われて破片にぶつかったり、爆風の乱流で他のミサイルにぶつかったりとそれぞれの理由で自爆した。 その代償はVF-0にも降りかかる。VF-25であればファイターでも転換装甲が使えるため何とかなったはずの破片だが、スペックが完全に古いままらしいVF-0には多数の破片が弾丸となって機体を襲う。 主翼を半分ほど持って行かれ、腕は両方とも寸断され、可変機構にも深刻なダメージを与えられ、エンジンはガタが来ていた。 しかしVF-0はまだ飛んでいた。そしてアルトの瞳も最後のゴーストを捉えて離さなかった。 数々の損害を代償にミサイルの回避と莫大な推力を貰ったVF-0は一瞬にしてゴーストの前に躍り出た。 発砲されるレーザーの嵐。 通常なら回避する攻撃だ。しかしこのエンジンの様子だともはや攻撃はラストチャンスであり、残された攻撃方法も特攻以外に残されていなかった。 コックピットへと飛び込んできた無数のレーザーに全身が焼けるように熱くなって感覚が失せる。だがアルトの突入への気迫が勝った。 「終わりだぁーーーーー!!」 VF-0は迷わず特攻を敢行。その1機を相打ちにした。 「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」 アルトはブラックアウトしたシュミレーターの全天画面の下、しばし休憩する。 全身がジンジン痛むが、体はなんとも無いし、徐々に収まる。どうやら被弾の痛みはEXギアの仕業のようだ。脳に直接信号を送り込んで激痛を走らせているらしかった。 それにメサイアの生み出す擬似的な重力加速度やシュミレーターのハイレベルな完成度からまさに真剣にやったため、たった5分の戦闘での疲労はフルマラソンに3~4回連続出場したレベルにまでアルトを追い詰めていた。 そうして満身創痍でシュミレーターを降りた彼を迎えたのは『ミンチ・キロ100円』や『I m dead』等と書かれたプラカードを持ったミシェルではなく、生徒やなのは達の満場の拍手だった。 「さすが〝アルト〟だ。俺でも2機しか落とせなかったのに」 ミシェルが正確に名を呼んだこと。それがアルトに対する最大級の賛辞を表していた。 (*) その後場所を普通の部屋に移し、講義が行われた。教壇で筆をとっているのはあのウィランだ。 内容としては比較的普通のことを教えている。バルキリーで使われるOT・OTMの基礎理論を普通と呼ぶことができればだが。 「―――――従来型の翼で空力制御し、上向きの力を得るやり方と、OTによって力を得る方法がある。工藤、主に何の力があるか言ってみろ」 ウィランの指名にただ1人の女子生徒、工藤さくらが立ち上がって答える。 「は、はい!〝摩擦〟〝圧力〟〝誘導〟の3種類です」 「では従来の揚力方程式にOT加えるとどう置き換えればいいか?」 続くヴィランの詰問にさくらは 「抗力係数をClから・・・・・・」 と従来の式の係数はスラスラ出たが、それを加えるとどうなるかを忘れたのか、大慌てでプリントをペラペラめくる。 「えぇーと・・・・・・Cdに置き換えればいいはずです」 ウィランはよろしいといって彼女を席に着かせ、講義を再開した。 アルトには自明のことだが、なのははためすすがめつしながら複雑な計算式の書かれたプリントとホワイトボードに書かれた計算式を見比べ、しきりに顔を捻る。 なのはは見たところ理系に近いが、1期生達のような工学系大学出身でも手間取るのに、彼女のような中卒でOTやOTMを理解しろというのも無理な話だろう。 ちなみに第1管理世界の教育は短期集中で、大学でも15歳で卒業できた。 (*) 90分の講義が終わり、アルトが時計を見るとすでに16時を回っていた。 ロングアーチに技研に行く旨は伝えてあるが、報告書の提出など帰ればやることはたくさんある。 「なのは、そろそろ―――――」 「そうだね」 なのはが頷く。 現在教室は休憩時間に入っており、生徒のほとんどが机に突っ伏して静かに寝息を立てている。 「それじゃさくらちゃん、頑張ってね」 「はい。ありがとうございます」 唯一の女子生徒、工藤さくらが笑顔でなのは達に手を振ると、机に吸い寄せられるように横になり、数瞬後には 「くー・・・」 とイノセントな寝息をたて始めた。 生徒達はいつもハードスケジュールらしい。 アルトとなのはは顔を見合わせて笑うと、静かに教室を抜け出し、教員室に向かった。 (*) 「もう、お帰りに?」 ウィランが惜しそうに言う。 「はい。今日はお世話になりました」 「いえ、こちらこそ。また来てやってください。あいつらのいい刺激になるので」 「はい♪」 なのはが満面の笑み。間違いない、コイツはまた来る気だ。 アルトは頭を抱えたが、同時に彼に問おうと思っていたことを思い出した。 「ところでウィラン三佐、ギャラクシー所属だったそうですけど、どうやってここへ?」 アルトの問いに、机に向き合っていたウィランがコンピューターにワイヤード(接合)していたコネクターを外し、コードとともに〝耳の後ろ〟辺りに巻き戻した。それがあまりにも自然な動作だったためアルトですら一瞬気がつかなかった。 「え? アンドロイド?」 ミッドチルダではインプラント技術が進んでない(フロンティア同様、医療目的以外禁止されている)ため、なのはが目を白黒させる。 そんな彼女のセリフにウィランは一笑すると 「残念ながら全身義体じゃないよ。これはただの後付けの情報端末で、あとはナチュラルだ」 と簡単に説明した。そしてイスを引くと、アルト達に向き直る。 「・・・・・・それで本題だな。実はギャラクシーの急をフロンティアに伝えようと急ぎすぎたんだ。おかげで機体のフォールド機関が暴走してこの有り様だよ」 彼は肩を竦める。どうやらウィランも同じくフォールド事故で来ていたらしい。 「機体はどうなりました?」 「俺の乗っていた高速連絡挺は技研に差し押さえられてしまったよ。だが糞虫どもにやられてボロボロだし、連中の手には余る代物だからな。ほとんど解析出来なかったみたいだ。フロンティアの脱出挺が来てからは、OTの流出を最小限にして管理局を手伝おうと思ったんだが・・・・・・バレちゃったみたいだな。昨日、連中がいきなりフェニックスの変換装甲を作動させた時は驚いたぞ」 「いや、その、すいません・・・・・・」 どうやら技術の漏洩を黙認していたのはアルト達だけらしかった。 「まぁ起きてしまったことはもう仕方ない。おかげで量産のメドが立ったし、幸いここの連中はいいやつだ。OTを人殺しに使うようなことはないだろう」 ヴィランはそう言ってアルトの肩を叩いた。 その後フェニックスの整備に行っているというミシェルによろしくと言い残し、アルトとなのははフェニックスと一緒に陸路で搬入されたVF-25の待つ格納庫に向かった。 (*) 格納庫に着くと、知らせを受けたのか田所が待っていた。 「田所所長、お見送りですか。ありがとうございます」 なのはが一礼。 「いや、しっかり謝りたかったのだ。・・・・・・アルト君すまなかった、あの事を隠していて」 アルトはかぶりを振る。 「必死だった。どうしてもここの人々を守りたかった。そういうことなんだろ?」 田所が頷く。 「なら、恨みっこなしだ」 アルトは踵を返すとVF-25に向かう。しかし立ち止まり、背を向けたまま一言呟いた。 「俺も言い忘れてたけど、VF-25を―――――俺の恩人の形見を直してくれてサンキューな」 「うむ。いつでも来い。今度来たときにはその機体のかわいいエンジンをギンギンにチューンしてやる」 アルトは振り返り 「ああ」 と破顔一笑。そしてなのはを伴ってVF-25のコックピットに収まると、すっかり暗くなった夜空に飛翔していった。 ―――――――――― 次回予告 シェリルの元に届く知らせ。 それはアルト達の居場所を導く手がかりとなるものだった! そして決行される乾坤一擲の大作戦。その成否はいかに! 次回マクロスなのは、第9話『失踪』 「あたしの歌を、聞けぇぇー!」 ―――――――――― シレンヤ氏 第9話へ